意思決定プロセスつかみ 手戻りを少なく 2
「考え方」に承認を取る
企業ごとの意思決定プロセスについては、詳しくつかんでおきたい。最終判断はどこでなされるのか。どのレベルでどの承認が必要なのか。あらかじめ把握してスケジュールに組み込んでおかないと、思わぬ時間のロスにつながりかねない。
組織の枠組みは、そこの社員にとっては当たり前のことなので、改めて説明されない場合も多い。そんなときには、施設完成までのマスタースケジュールを作成し、それを見せながら確認するようにしている。すると発注者側から役員会の開催のタイミングや、どんな資料がどの場で必要になるかなど、意思決定プロセスに関わる情報を得られやすい。
発注者にとって分かりやすい資料を作ることは、意思決定を円滑にするためにも有効だ。建築技術者が無意識にやりがちなのが、資料で技術的な根拠を説明すること。発注者は技術面が分からないからこそ、建築技術者に託している。彼らが必要とするのは計画上の合理性やコスト、運営のしやすさなど、事業にとってのメリットが判断できる資料だ〔図2〕。
[図2]
良い資料、悪い資料
良い資料は、どんな考え方に基づいて提案しているかが伝わり、発注者の価値観で検討できるようになっている。悪い資料はスペックや計算結果が羅列してあるだけで、技術的な知識がないと判断できないようなもの
また資料は会議や打ち合わせの場から離れ、独り歩きをするものだ。誰がどの場で見ても、施設の目指す目標が明確で、コンセプトを反映した資料を心掛けたい。
意思決定プロセスの中でもプロジェクトの進捗を大きく左右するのが、施設の形を決める段階だ。発注者に理解され、効率良くプロジェクトを進めるコツは、形ではなく施設計画の根拠となる考え方に承認を取ること。繰り返しになるが発注者の目的は箱ではなく、箱で何かを実現することだ。考え方に納得さえできれば、形にする作業は専門家に任せたいと思っているもの。形や機能の根拠となる考え方を共有できてさえいれば、わずかな変更に一から確認を取らずに進めることもできるだろう。
営業マインドで活路を開く
私はかつて発注者の立場から、建築プロジェクトに携わった経験がある。そのときに痛感したのは、建築技術者は、お客様との良好な関係構築に配慮する「営業マインド」がないがために損をしているということだ。 まずは服装だ。意匠設計者にありがちな自由な服装に抵抗を感じる発注者もいる。発注者が組織的な対応を求めている場合、枠に捉われない服装や立ち振る舞いは逆効果。企業文化に合わない、危なっかしい人物という印象を与えてしまう。
もう1つ気を付けたいのが、発注者の要望よりもつくり手側の都合を優先するかのような言動だ。発注者に向けて、建設現場の事情を優先する発言をしてはいないだろうか。例えば現場に入ってから設計や仕様の変更の要望が発注者からあったとき、一方的に「できない」と回答してはいないだろうか〔図3〕。
だが、理由を掘り下げて調整すれば、ほとんどの問題は解決できる。私が担当した生産拠点の食堂の計画では、設計案では従業員の需要を吸収できないことが判明した。面積を増やすコスト的余裕もなく、設計者は「できない」という反応だった。
そこで、まず運用面からチェック。比較的時間の自由が利く非生産部門の勤務シフトを、食堂利用のピークからずらすことで平準化を図った。計画面では、VIP対応個室の化粧壁と扉をバランス良く配置することで混雑時に一体的に利用できるように見直し、実質的な稼働率を高めた。単価の高い可動間仕切りを使わずに問題解決を図ったことで、コスト面での追加も生じなかった。
発注者がやりたいことを実現するために知恵を絞るのが、建築技術者の立場であり、要望にできる限り応じる姿勢こそが営業マインドだ。どんなに専門知識と技術を持っていようが、独りよがりでは伝わらない。相手ととことん向き合い、気持ちをおもんぱかる姿勢があってこそ、発注者の信頼を醸成できる。
[図3]
安易な「できません」は信用を失う
発注者から追加変更を求められたときなどに、建築技術者が「できません」と即答してしまうと、発注者からの信用の低下を招く。できない理由を掘り下げて調整を加えれば、多くのことは何らかの対応ができるはずだ
POINT
- 様々な立場の意見に耳を傾け、発注者視点での資料作りを心掛けよう
- 発注者に信頼されるために、服装や言動にも気を配ろう。建築技術者も“営業マインド”を !
- ●構成・本編イラスト:ぽむ企画 ●企画:納見 健悟
- 本記事は、『日経アーキテクチュア』2014年2月25日号に掲載されました。一部内容を改変し、掲載元の許可を得て、掲載しています。