宴会場より客室で稼ぐホテル運営の新傾向 2
背景を知り建て主利益を守る
ここで建築技術者は、ホテルチェーンの仕様書に頼りがちだ。ブランドに準拠した仕様が事細かに示されるため、「これさえ守ればよいだろう」と勘違いしてしまう。
またその要望のなかには、日本の事情に合わない内容もある。しばしば直面するのが、法律の違いからくる実現困難な要求だ〔図2〕。
特に顕著なのが防災関連。例えば階段室への要求事項として、機械排煙を盛り込む海外のホテルチェーンは多い。これは基本となる設計思想の違いでもあるが、日本の建築基準法の考え方では、階段室に防火区画を施し、出入り口以外の開口部は排煙口も含めて設けないことで、避難通路を守る。一方、欧米ではフェイルセーフの観点から、加圧排煙を求めるのが前提となっている。
こうした背景を知らないと、真面目な設計者ほど、ホテルチェーンの基準を満足するためには階段室に穴を開けるしかないと思い込み、防災上の特例を受けるために認定を取得しようとする。これではかえって、過剰で的外れな対応になってしまう。対処手法は、既存の外資系ホテルの事例を調査すれば、意外と簡単に解決できる場合が多い。
土地事情に合わない要求もある。ブランドの方針によっては、多様な機能を持つ付帯施設をホテル内で完結させようとするチェーンもある。しかし特に地価が高い日本の都市部では、外注で代替できる機能のために収益の上がる床面積を割くのは不合理だ。
[図2]
要望はその背景を知って対処
ホテルチェーンの仕様書は、ときに日本の建築法規や土地柄に合わないものも。仕様書の意図を理解したうえで、建物所有者の負担が過剰にならないように対処したい
こうした要望があったときに建築技術者が優先すべきことは、その機能が要求される背景や真意を丁寧にくみ取り、ホテルの収益を上げるために本当に必要なことであるのか、判断を仰ぐことだ。初期投資を可能な限り抑え、運営の収益を上げることは、事業主体3者のいずれにも利益をもたらすことにつながる。
宿泊施設は、建物の計画や意匠が収益に直結する分野だ。といっても外観や内装に華美なデザインを採用する、といった類の話ではない。階段の手すりや客室のドアの細部に凝って高級感を過剰に演出しても、ホテルの収益性が極端に上がるわけではない。求められるのは、事業自体に貢献する計画だ。客室効率が良く魅力的なプランを提供できるかどうかは、設計者の腕にかかっている。
ホテルのコンサルティング会社は、運営側を対象とするものがほとんど。建物所有者の立場で助言できるコンサルタントはまだ少ない。建築技術者はその立場に最も近いといえる。有効な提案をするには、顧客や市場の要望を的確につかむ必要がある。
市場を知り提案に盛り込む
まず大切なのは、その施設にとってのライバルを知ることだ。宿泊施設は集客範囲が全世界にわたる一方で、競争市場は狭い。宿泊客の選択肢に上がるのは、同じ地区や都市内の施設だからだ。この限られた地区内での差異化戦略を立てることがポイントとなる。競合施設の客室数の内訳など所有する設備を確認し、何が足りないのかを調べるとよい。
何も難しいことではない。宿泊施設予約サイトの口コミなども、うまく使えば十分に情報源として参考となる。例えば客室内に仕事ができる机が欲しいといった意見があれば、それをヒントに説得力のある提案ができる〔図3〕。
世界的な傾向として、今は客室の空間を重視し、宴会場やレストランなど他の機能をスリム化する流れにある。面積当たりの利益率は宿泊機能の方が高いので、外資系でも国内企業でも、広めの客室でアメニティーの質を高めた宿泊特化型のホテルを増やしている。このような動向を踏まえ、手掛ける宿泊施設がどのポジションに位置付けられるかを理解して発注者との間で共有すると、盛り込むスペックが明確になる。
[図3]
設計者も市場に学べ
宿泊客のニーズは口コミという形で、宿泊予約サイト上に公開されている。情報源として有効活用し、説得力のある提案に結び付けたい
POINT
- 運営会社の具体的な要求を丸のみせず、収益性への貢献を意識する
- 地域内での競争と心得て、競合との差異化戦略を綿密に立てる
- ●構成・本編イラスト:ぽむ企画 ●企画:納見 健悟
本記事は、『日経アーキテクチュア』2014年11月25日号に掲載されました。一部内容を改変し、掲載元の許可を得て、掲載しています。