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病院BCPを考える 病院BCPを考える

本年9月に、全国に90を超える病院・診療所と100を超える福祉施設を持つ某社会福祉法人のエリア会議の病院部会において、「病院BCP」について話をする機会を得ました。数十人もの各病院長、看護部長、事務部長など要職の方々を前に、大変僭越ながら「BCP対応病院とは」をテーマにしたお話をさせていただいたところ、拙論終了後に某病院事務部長より大変意味深い質問を頂戴しました。

「BCP における費用対効果は、どのようなものか?」

Business Continuity Plan

日本でBCP の必要性が問われ始めたのは、阪神大震災が発生した1995年以降のことです。当時は、単に「自然災害対策」の意味合いで捉えられていました。しかし、その言葉の本当の意味が定着したのは、図らずも自然災害ではなく、2009年~2010年に世界中を席捲した新型インフルエンザのパンデミックであったと思われます。

ここで、再度BCP の定義を確認します。
BCP(Business Continuity Plan)= 事業継続計画とは、内閣府・防災担当より発行されている事業継続ガイドラインによると、「事件、事故、災害などが発生した場合に、重要な業務が中断しない、中断しても目標復旧時間内に重要な業務を再開させるために、事前に策定される行動計画」とされています。リスクに直面しても、企業の社会的責任を果たし、雇用を守り、事業継続することのできるGoing Concern たらんことが定義と言えます。

BCP の効果は図1に示す通りです。製造業における現代のサプライチェーンは複雑かつボーダレスであるため、BCP を実践しなかった場合の経済的影響は、全世界に及ぶことになります。
このような状況に陥らないためには、事前に事業継続の許容限界以上の目標を設定し、災害発生時の機能低下を目標値内に抑える事前対策が必要です。これらの計画により、復旧目標期間内に機能を復旧させることがBCP の効果であり、経営に対するリスクヘッジになります。
次に、これを医療機関に置き換えて考えてみます。

病院BCP

災害などのリスク発生時、医療機能がゼロになってしまうことは社会的に許されざることです。それどころか、他の産業と違い、医療機関は平時より有事の際の方がその機能をフルに発揮することを求められます。それが、急性期病院であればなおさらであり、災害拠点病院に至っては限界を作ることすら許されないようにも思われます。

では、医療機能の許容限界はどこにあるのでしょうか?
事業継続ガイドラインからは「被災地域に対して供給すべき最低限の医療機能」であると考察できます。つまり、地域の他の医療機関の供給も鑑みたうえで、「これだけはどうしても自院が行わなければ、被災者の救護に支障をきたし、入院患者に命の危険が及ぶ」限界の供給量であるともいえます。
どのようなカテゴリーの病院であっても、最低限入院患者の対応は絶対です。災害拠点病院、地域支援病院、大学病院などは重度・多数の負傷被災者の診療・処置、一般総合病院においても軽度・少数の負傷被災者の診療・処置が必要となります。これに加え、厚生労働省では、超急性期(原則として発災後48時間)に活動するDMAT(※1)が撤収した後、完全復旧されるまでの移行期から中長期における医療提供体制のあり方を改善させる動きを見せています。これは、東日本大震災において、透析が必要な患者など慢性期患者の受入が困難となった経験をふまえたものと予測されます。
つまり、全てなのです。

医療機関のサプライチェーンとは、人命を守るための供給チェーンであり、自らが被災してもその地域全体における医療サービスの供給量は需要を満たさねばなりません。
とは言え、単独の病院にできることには、限界があります。
その答えに近づく手がかりは、地域連携とICT=医療クラウドにあると考えます。

地域連携BCP

被災時において医療機能の許容限界を超える供給量を守るためには、同一医療圏において誰が何を行うべきか、地域において確認がされなくてはならず、逆に言えば、地域において自らが供給すべき機能以外の機能=やらないこと、やれ ないことを他院にお願いすることでもあります。これは、行政や医師会が主導して早急に確認・調整を行うべき事柄です。

その上で、個々の病院は使命を全うすべくBCP を作成し、これをマネジメント(BCM =Business Continuity Management)すべきと考えます。耐震補強や食料・水・薬剤・医材などの備蓄、非常用発電機の燃油備蓄とその供給先の確保、トリアージ空間の確保などハードにまつわる準備も大変重要ですが、最も重要なのは「人」の確保です。

どんなに施設や備蓄が整っていても医師・看護師がいなくては、診療活動は行えません。また、コ・メディカルや事務職員がいなくては、病院の機能は停止します。被災地域においては、平時と同様にスタッフがそろうとは限りません。DMAT などの支援は受けられるとしても、発災後1週間程度は想定外の連続であることは過去の災害において明らかです。
ならば、超急性期の間は、医療従事者は「行ける場所」に赴いてはどうでしょうか。もちろんご自身が勤務する病院で医療活動を行っていただくのが望ましいのですが、それすらもできない状況である場合には、自宅に一番近い医院・病院や避難所など「行ける場所」に行っていただく。要は互助=地域連携です。

しかし、地域連携BCP を可能にするのには、従来のままでは解決できない問題が残ります。
患者も有事の際には病院を選ぶ余裕などありません。「行ける病院」へ行く。救急車も「行ける病院」にしか行けない。その病院がその患者のかかりつけでない限り、患者のデータはそこにないのです。

医療クラウド

9月16日の読売新聞朝刊に、「総務省は、病院のカルテや調剤などの医療情報をデータセンターで一元管理する『クラウド化』を推進する宮城県の事業を支援する方針を固めた。」という記事が掲載されました。

当記事において、宮城県は策定中の震災復興計画にICT(情報通信技術)を活用した医療連携の構築を盛り込み、県内の中核病院を基本単位とした七つの医療圏ごとに、カルテや調剤、介護といった医療情報を電子化し、耐震対策が施されたデータセンターに一元的に蓄積するクラウド方式で保管する方針であると報じられています。この方式が実現すれば、情報を見る許可を得た病院や薬局、介護施設などは、インターネットや専用回線を経由してデータを閲覧できるようになります。災害時には、タブレット端末さえあれば、世界中から救援に駆け付けた医師らが、患者のカルテを閲覧することにより、既往症や処方されていた薬を確認しながら診察をすることができるようになります。

この医療クラウド構想は、2年近く前にソフトバンクの孫正義社長も「Japan Medical Cloud構想」として提言しています。
地域連携と医療クラウドは相即不離の関係にあり、平時における医療費の縮減と医療経営の適正化を模索し、結果としてBCP の切り札になり得ると考えます。どちらか一方でも一定の効果は得られるものの、BCPの切り札とするためには、互いを補完し相乗効果を促すことによってはじめて実現するのではないでしょうか。

BCP の費用対効果

「BCP における費用対効果は、どのようなものか?」
その質問に対する答えは、「変化に対応するための費用ではなく、変化を創造するための投資であると捉えれば、事業戦略3.0=見えない価値です。」というのが山下PMC 的模範解答です。

しかし、病院の収益構造が他の産業と決定的に異なるのは、医療サービスに対する報酬を自ら決定することが許されないことです。病院BCPという見えない価値は、その時が来るまで日の目を浴びることも評価をされることもなく、診療報酬に加算することも許されません。その構造が変わらない限り、医療機関が病院BCP を事業戦略や価値として認めることは難しいのかもしれません。

東日本大震災を受けて、厚生労働省は災害拠点病院の指定基準見直しに着手したようです。
まずは厚生労働省が補助金や診療報酬加算などの整備を行うことにより、病BCP を病院機能評価同等以上の価値へと昇華させ、各自治体が地域連携と医療クラウドの整備に本腰をあげることを、災害時に病院を頼りにする一市民として心より願ってやみません。

【注釈】
※1 DMAT(ディーマット)Disaster Medical Associate Team:災害派遣医療チーム
平時より訓練を行い登録された医師、看護師、業務調整員(救急救命士、薬剤師、放射線技師、事務員など)で構成され、地域の救急医療体制だけでは対応出来ないほどの大規模災害や事故などの現場に急行する医療チーム。日本DMAT(厚生労働省組成)、都道府県DMAT があり、前者は大規模災害時に全国から派遣され、広域医療搬送・SCU(ステージングケアユニット)・病院支援・域内搬送・現場活動などが主な活動となります。後者は域内災害時において現場医療活動を行います。東日本大震災においては、全国から340 隊1,500人が派遣され、被災地での活動に従事しました。
【参考文献リスト】
○ 「第一回災害医療等のあり方に関する検討会」資料/厚生労働省
○ 「第二回災害医療等のあり方に関する検討会」資料/厚生労働省
○ 「第18回社会保障審議会医療部会」資料/厚生労働省
○ 「医療福祉建築フォーラム2011」資料/一般社団法人日本医療 福祉建築協会
○ 事業継続ガイドライン第一版/内閣府 防災担当
○ 事業継続ガイドライン第二版/内閣府 防災担当
○ 特定分野における事業継続に関する実態調査/内閣府 防災担当
○ Hospitals in Emergencies and Disasters / WHO 2009
○ 日経アーキテクチュア2011年6月25日号 特集「天井の安全学」/ 日経BP社