令和時代に求められる医療施設整備の進め方~平成時代の整備動向と発注方式の変遷を踏まえて~<前編>
今回は、平成時代の医療施設整備について、整備動向や発注手法の側面から振り返り、令和時代に求められる医療施設整備の進め方を考察したい。
医療・介護制度の限界
1989年から始まる平成時代30年間の医療施設整備は、2000年の介護保険制度創設や、2001年の第4次医療法改正(療養病床創設、病室面積・廊下幅員の改定)等に伴い、質の充実を目指した整備が求められた前半期と、医療機能の分化や在院日数の短縮等、医療施設のあり方の変化に対応する整備が求められた後半期、そして、2011年に発生した東日本大震災や2013年の東京オリンピック・パラリンピック開催決定に端を発する建設費高騰への対応が大きな流れと言える。
一般的に、医療施設は不況で工事単価が相対的に下がる時期に整備される、と言われるが、[図1]の通り、1990年代のバブル経済崩壊後の不況期、2008年のリーマンショック後の不況期に医療施設(病院・診療所)の着工床面積が増大し、1998年や2011年頃にピーク値を示している。
医療施設は不況期に整備が進む
また、[図2]の通り、単位面積当たり工事単価(以下、工事単価)が上昇する時期に、着工床面積が減少する傾向を示している。2011年以降、工事単価が上昇するに連れて、着工床面積は減り続け、2018年度は、2011年度の約4割の面積の整備しか行われていない。
工事単価が上がると医療施設整備が滞る
通常、医療施設では、30~40年周期での建替が行われており(参考文献1)、2011年頃の施設整備のピークは、1970年代半に整備された施設の更新を多く含むと想定される。
そのため、1980年代後半に多く整備された施設は、2020年以降、建替や大規模改修等の時期を迎えるとともに、1998年頃に整備された多くの施設も、2010年代半ばには大規模修繕が必要な時期を迎えており、工事単価上昇の影響を受けて、施設の改修・整備を見合わせている医療機関においても、いずれは建替や改修といった整備が行われることが想定される。
医療施設は24時間365日稼働している中で保全修繕を行う難しさや、医療機能の進歩への対応が求められるため、高齢者人口の減少に伴い長期的には医療需要の減少が見込まれることや、工事単価の高騰等の影響を受けるものの、一定の周期での修繕・改修・建替が行われるのが特徴と言える。
参考までに、景気の影響を受けやすいマンションの着工床面積と比較すると特徴が明確で、マンション建設が盛んな時期と医療施設のそれは、時期が相違している[図3]。
マンションの建設が進まない時期に医療施設が整備される
医療施設整備の事業性
平成時代は、医療機関においても、安定的な経営に基づく医療提供体制の継続のために、収益性が求められるようになった時代といえる。特に2003年から導入されたDPC/PDPS制度や、2004年以降の病院会計制度の整備等により、公的病院・民間病院を問わず、地域に必要とされる医療を効率的に提供することが求められている。
医療機関の収益は、産科・歯科等、自由診療の割合が高い診療所を除くと、その多くは保険診療に依存している。
医療機関の収益から判断される建設投資
医療機関において、施設整備(減価償却)に充てられる支出は、医療機能や規模に依るものの5%程度であり(参考文献2)、全面建替を行う場合の建設投資可能額は、当該医療機関の財務状況や施設整備に伴うその後の収益への影響によって異なるものの、概ね年間の医業収益相当が目安と言われることが多い。
[図4]の通り、急性期医療を担う400床の医療機関の年間の医業収益は、約100億円程度となる。1床当たり80㎡、32,000㎡の施設の整備を100億円で行うには、坪単価100万円で整備を行う必要がある。工事単価が安価な時期であれば、発注が可能な金額であるが、現在ではこの工事単価で、急性期病院を整備することは困難である。
年間医業収益相当が全面建替投資目安
医療施設整備のコストとプライス
医療施設に関わらず「一般的に幾らくらいで建設できるのか」に回答することは難しい。建設資材等の原材料費や労務単価等の「コスト」に関わる一定程度の情報は収集・公表されており、国交省が公表している「建設工事費デフレーター」等が参考になる。しかし、この建設工事費デフレーターでは、2011年度の100.0に対して、2018年度は111.3へと、上昇している傾向が読み取れるものの、施工会社への実際の発注金額はこの上昇率では説明できない場合が多い。発注者が知りたいのは、施工会社と契約する実勢価格「プライス」であるが、こちらは、地域差、各工事の特殊条件や発注条件、発注者と施工会社との関係等による個別性が強く、一概に捉えることが難しい。
参考として「プライス」(取引価格)に近い統計と言える国交省の「建築着工統計」と、先の「建設工事費デフレーター」の傾向を比べると、[図5]の通り、必ずしもコストとプライスが連動しないことや、コストに比べてプライスの変動率が大きいことが分かる。
◎コストとプライスの上下は連動しない
◎プライスは変動幅が大きい
建築発注が、建設場所と時期が1件ごとに異なる究極の一品生産であるため、発注者と施工会社との関係だけでなく、施工会社(ゼネコン)とその協力会社の関係を含めて、需要と供給バランスによりプライスが決定される個別性が強いことに起因すると思われる。
この「プライス」について、規模や仕様程度等が類似する事例での比較可能な統計資料は少ないが、建築着工統計調査では、発注者別の工事費予定額・着工床面積が示されており、筆者は統計値の特徴に留意した上で参考にしている[図6]。都道府県・市町村が発注している医療施設は、直近では140~160万円/坪といった数値を示しており、1万㎡超規模の急性期系の総合病院を新築した場合の市況動向に近しいと思われる。
工事単価は、今後も、建設技能労働者の不足や労務環境改善等の状況を踏まえると、現状の半額の単価で工事が発注できる時代に逆戻りする可能性は容易には期待しにくい。
施設整備においても、過剰な設備投資が医療サービスの継続を損なうようなことは許されず、施設整備方法の適切な選択(新築と既存改修の組合せ等)や投資規模の妥当性判断が強く求められており、病院運営・病院経営に配慮した施設整備がこれまで以上に求められている。