The Report #07 観光立国への道のり
コロナ禍によって一服したかのように思えたインバウンド人気は急速に回復しています。今回は、ポストコロナ禍の観光立国日本への道のりについて、山下PMC プロジェクト統括本部 事業推進部門 空間創造部 部長の深瀬 章子がご紹介します。
観光立国推進基本計画が始動
「観光立国推進基本計画」が閣議決定されたのは記憶に新しい。岸田総理は2031年までに35カ所すべての国立公園内に高級リゾートホテルを誘致する方針を固めた。
訪日外国人旅行者数は2024年6月時点で過去最高の314万人となり、観光庁の推計では2024年は過去最高を大きく更新して3500万人、旅行消費額も8兆円が視野に入る今、観光立国を謳うための目玉としてなかなかインパクトのある発表であった。
国立公園事業(宿舎事業)のハードル
さて、国立公園内にホテルを建てるということは簡単なものではない。そもそもが「公園事業の有効かつ合理的な執行に必要な施設であること、適正な公園利用の推進及び風致景観の保護上支障のないもの」に限られている。
区域によって建てられる内容は変わってくるし、申請しても必ずしも許可が下りるわけではない。また様々な禁止・制限、または必要な措置が求められる場合がある。
規模、階高、建物材質、外観の色や形状、ランドスケープなどにも細かい規制があり、いくらインバウンドがいっぱい来るからと言って1000室の高層ホテルをどーんと建てるわけにはいかないのである。
規制については国立公園ならずとも、街中でも見受けられる。京都には高い建物は建てられないし、マクドナルドの看板が茶色なのはよく知られるところで、妥協点を見出しながら解決することが出来る。問題なのは「建てる側」の事業者についての参入ハードルが高いことだ。
ホテル・旅館の経営手法の多様化
最近のホテルは「所有・経営・運営」が分離されていることがほとんどだが、公園事業として設置が認可された施設について、現行では「法人の合併・分割や民法上の相続以外は所有権が変わったとしても引き継げない」ということになっている。もし引き継ぐ場合は所有者が公園事業を一旦廃止し、経営・運営を担う者が新たに申請をし直さなければならない。なぜこのようなしばりがあるかと言えば、バブル期に開発し経営破綻した宿泊施設が廃屋として放置されているため、「所有者が更地に原状回復する」もしくは「次の事業者に引き継ぐ」という責任の所在を明確にするためである。
現在ホテルを建てる際に主流になっている投資家から資金を集める金融商品(REIT)や分譲型ホテル(コンドホテル、会員制ホテル)のスキームを取り入れた事業の場合、事業者に据えるためにはクリアする条件が多数ある。
たとえばREITが所有する不動産を賃貸してホテル事業を行う場合、日常的にホテルを経営管理している経営会社が公園事業者として適当であると考えられるが、公園事業を廃止した場合、公園事業者ではないREITに対しては原状回復命令を直接かけられなくなってしまう。所有者と経営者の間の契約等で適切に命令が履行させることが担保されていること、また中長期的に安定した経営を行うための体制が構築されているか確認することが必要である。
そもそもが所有・経営・運営が一体の所有直営方式を想定していたため、事業スキームの多様化に追いついていないのが現状で、国も解決しなければならない問題として認識しているが、完全なる解決には至っていないのである。
これからのホテルはどうなるのか
建築費の高騰、人材不足、インフラの整備、人気観光地への集中投資による地域間の不均衡、環境への影響など、解決していかなければならない点は多い。特に人気観光地への集中投資はまさに体感しているところである。
今、弊社に相談が来る案件は「箱根」「ニセコ」「京都」が圧倒的に多い。エリアが集中するとおのずと工事費も上がるのだが、箱根やニセコは遠隔地ということもあり、坪500万前後の見積を受け取ることもある(一昔前ならホテルが2軒建った値段である)。しかし、その値段を出しても施工者が見つからず、停滞気味のプロジェクトも出てきてしまう。
最近では工事費の高騰と施工者不足により、リノベーションへのシフトも見受けられるようになってきた。人気エリアの既存施設を外資系にリブランドする、フランチャイズ契約で大手外資の傘下に入り、海外からの送客を狙うというスキームも多くなってきた。手っ取り早く客室数を増やし知名度を上げ、ブランディングを行う。そしてそのブランド力で新規の開発に取り組むというのは賢いやり方である。
リノベーションと言えば、バブルの頃に建てられたホテルも築30年を過ぎ、大規模改修の時期に突入した。老舗のドメスティックホテルは立地を生かし、デベロッパーと組んで早々に建て替えを選んだ例もあるが、「黒船」と言われた外資系ホテルは大概ビルの最上層階にあるため建て替えはできず、休業して設備を含めた大手術を行う。
国立公園への高級リゾートホテルの誘致が決まるまでに、まだまだ仕事はいっぱいあるということだ。
昔はプロペラ機とボートを乗り継いでいくAMANのテントに1泊20万円も払うという価値観を持つ人は少数派だった。あれから20年以上経ち、日本人もかなり経験を積み、成熟してきている。
新たな魅力発信につながる高付加価値ホテルや古民家再生、グランピング、既存施設のバリューアップなど、多様な宿泊体験を提供することにより、日本人はもとより、さらなるインバウンドが取り込めるのではないか。日本の観光立国化に向けた取り組みは、経済的な発展のみならず、地域の活性化や国際理解の促進に大きく寄与すると考える。
我々も微力ながら日本の魅力を世界に発信するお手伝いをさせていただきたいと思う。
次回の「The Report」は、山下PMC 間下 典大がお届けします。