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コクヨWORKSIGHT山下正太郎編集長に訊く「ここまで来た!海外オフィス最新事情」

コクヨWORKSIGHT山下正太郎編集長に訊く「ここまで来た!海外オフィス最新事情」

山下正太郎氏は研究員という顔とは別に、もうひとつ、働く環境を考える企業キーパーソンに向けたワークスタイル戦略情報メディア「WORKSIGHT」という雑誌の編集長という肩書きをもつ。同誌は紙媒体としては年2回発行、ウェブマガジンとしても随時更新することで、こまめな情報発信を行っている。後編では、継続して行ってきた海外取材の結果、見えてきた日本の未来についてお話を伺った。

イノベーション型企業は緊密なコミュニケーション空間を指向する

山下さんが編集長を務められている「WORKSIGHT」には、世界の最新オフィスが紹介されています。長年の取材の中で何が見えてきたでしょうか。

オフィスの役割は洋の東西を問わず、ずいぶん変わってきましたが、それは業種業界によってだいぶ異なります。

年2回発行される雑誌版「WORKSIGHT」。年2回発行される雑誌版「WORKSIGHT」。

たとえば、フェイスブックの本社では、全長500メートルほどの1枚の長い床に、2000人以上の社員がぐちゃぐちゃに混じり合って仕事をしています。また、同社の社員には、10マイル(約16キロメートル)以内に住居を定めなくてはならないというルールがあって、公私ともに近距離に接近し、四六時中オフィスに来ては仕事する。IT関連企業などイノベーション型企業の場合、常に熱い議論を交わしていこうというシンプルな戦略をもつ傾向にあります。


ネット企業がじつはリアルコミュニケーションを重視しているというのは面白いですが、その他にはどんな特徴がありますか。

もうひとつの特徴は、オフィスがボロいことです(笑)。美しい空間よりもラフな空間の方が緊張することなく、いいコミュニケーションが生まれると、彼らは考えています。

また雑然としたオフィスでは、たとえばホワイトボードを動かしてみたりイスを動かしてみたりといったアクティブな行動が誘発されて、それが新しい発想に結びつくと信じています。空間を思い通りにハッキングするという意味で「ハッカブル(hackable)」という概念が重要なんです。

特にアメリカでは、これまで分析的手法に重きを置いてきた大企業がここ数年、「デザイン・シンキング」という手法に注目しています。これは生活者を中心に置き、彼らの生活を観察することで問題を見つけたり、解決策をトライアンドエラーを繰り返して見出すという手法で、建築デザインのプロセスで行われているような思考法です。ラフな空間の選択というのは、こうした考え方をベースにしています。


何か新しいものを生み出そうとする時のコミュニケーションは、非常に繊細なものであるといえそうですし、実際に成果を出している企業の多くが、この流れに一致しているのは非常に興味深いことだと思います。もちろん、優秀な人材に長く働いてもらいたいという意図があるからこそ、こうした緊密なあるいはお互いを刺激しあうようなコミュニケーションを求めるという側面も確かにあります。

個人の生活スタイルを優先させるABWは日本に根づくか?

クリエイティブな企業以外で、新しい動きはありますか。

変化が激しく、別の意味で先端を走っている業種として金融業界があります。日本のそれとはちょっと違いますが、海外では間違いなく働き方において先端業種です。その中でも面白いなと思ったのが、オーストラリアの銀行でした。

たとえば、ナショナル・オーストラリア・バンク銀行の最重要課題は、優秀な人材に長い期間パフォーマンスを発揮してもらうことです。そこでこの銀行では、社屋のどの場所で働いても構わないことを決めました。それだけでなく、家で働いていても構わないし、いちいち許可をとる必要もない。フリーアドレスはオフィスの中の場所を自由に使えるというスタイルでしたが、それをもう一段過激にしたものです。

仕事をする時間も場所も自由に選択できるこの働き方を、最近では「アクティビティ・ベースド・ワーキング(ABW)」と呼びます。

ABWの例:旧来の銀行を激変させる「リアルタイムワーキング」

個々の社員の評価がしにくいといった問題はありませんか。

本人からの報告義務や最終的な人事評価がないわけではありません。それよりも全面フリーとすることが、企業側・社員の双方にメリットがあったということです。まず企業側は、都心部の賃料が値上がりしていてこれをどうやって抑えるかという問題があった。また、金融業界では優秀な人材こそが資本です。人材を確保しつつ、経営を維持していく必要があります。

一方で、社員の方でも仕事に育児、介護という問題を抱えていたり、より優秀な人であれば、たとえばNPO活動をやってみたいとか、別の仕事を持ちたいというニーズがある。そうした人々に長く働いてもらいたいと考えるならば、企業はABWのスタイルを採用せざるを得ないのです。金融は個々の専門性が発揮しやすい業種ですので、こうしたスタイルが採りやすいといえます。

これをオフィスの面から言えば、チームのメンバーが生産的になれる機能に特化したオフォスがあればいいという判断が可能で、そうなるとオフィスは最小限のハコになっていく。オフィスは雑談したり相談したりする、ちょっとしたサロンでしかなくなるかもしれません。

そのような動きに対して日本企業はどう考えているようですか。

日本でも、トヨタやリクルートといった大手が在宅ワークの条件を大幅に緩和し、オフィスへの出社は不要といった施策を打ち出しています。「ABW型」と大きく唱わなくても、その流れは加速していきそうです。これから労働者人口が減少していく日本では、大いに考えるべき方向だと思います。

一方で、R&D部門は日本でも、「ひとつのところに集まろうぜ」タイプにシフトしているようです。悩ましいのは、開発部門がこの種の大部屋主義に活路を見出したとしても、育児や介護といったオフィスを離れざるを得ない理由をもつ人は増える一方ですので、自由度の高いスタイルとどう折り合いつけるのかがこれからの課題になりそうです。

「ABW型」が根づくかどうかについては、日本と諸外国との間にある、社員の評価に対する考え方についての相違もポイントになります。諸外国では、目標はここまでという線引きがきちんとされ、そこを達成したら終わりです。ところが日本では、個々人の業務範囲は不明瞭ですし、ゴールを達成した後にどこまで頑張れるかが求められたりする。過剰サービスがまかりとおる土壌と言えば身もフタもありませんが、外資系企業でさえ日本企業の担当になると残業が増えるという笑い話があります。そうした考え方の転換も進めていかないと、新しい働き方は根づきにくいでしょう。

聞き手・文:陣内一徳
写真:山崎智世

山下正太郎
Yamashita Shotaro

コクヨ入社後、戦略的ワークスタイル実現のためのコンセプトワークやチェンジマネジメントなどのコンサルティング業務に従事し、コンサルティングを手がけた複数の企業が「日経ニューオフィス賞」を受賞している。2011年にグローバル企業の働き方とオフィス環境をテーマとした『WORKSIGHT』を創刊する一方で、未来の働き方と学び方を考える研究機関「WORKSIGHT LAB.」を立ち上げ、研究という観点からもワークプレイスのあり方を模索している。2016年よりロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA:英国王立芸術学院) ヘレン・ハムリン・センター・フォー・デザインにて客員研究員を兼任している。