森と木×建築・まちづくり×イノベーションの可能性
2024山下PMC交流会レポート
「森と木×建築・まちづくり×イノベーションの可能性」
世界有数の森林資源を有する我が国のポテンシャルと持続可能性
2024年5月27日に開催された山下PMC主催による交流会のレポートです。
第1部の講演会では、豊かな森林資源をサスティナブルに活用し、次世代に継承していくために今、何が必要か。
木造建築による炭素の固定化、環境価値の見える化、進化めざましいAIの導入。
日本の森林資源を強みに変えるイノベーションの可能性と課題を、各界の識者が論じました。
森林事業のサーキュラーエコノミーの実現に向けて
司会・三岡 本日は「森と木」「建築・まちづくり」「イノベーションの可能性」の3つの観点から議論を進めていきたいと思います。「森と木」「建築・まちづくり」については、弊社でご支援している事業でも木造化、木質化を進めるプロジェクトが非常に多くなっております。また、「山」側からも、水力発電や再生エネルギーなど、脱炭素化に向けた取り組みのご相談も増えてきております。
イノベーションの可能性として、グリーンファイナンスとAI・DXの2つの視点があります。本日はこうしたさまざまな観点から、日本のポジティブな未来を、みなさまと考えていければと思います。
沢田 ブライトンジャパンの沢田です。ブライトンとは「一隅を照らす」という意味で、社名には、小さくとも拡がりを願って、一隅を照らすという想いを込めました。今日は日本の未来を明るく照らしてくださる方々にお集まりいただきました。
本日のテーマは、私は日本の持続的な社会を考えるとき、森林資源が核になると思っています。
日本は国土の7割近くが森林です。森林はCO2の吸収や水源保全といった機能だけでなく、自然界と人間の暮らしを支える数多くの機能を果たしています。このリソースをいかに有効に循環的に回していくのかが、日本社会の利益を考えるときには欠かせません。森林資源を核とした産業の取り組みは世界に先行する日本の強みになると思います。
ところが現状は、森林蓄積は年々伸びていながら、伐採率はとても低い。資源が活用されていないわけです。
最大の理由は、木材が高く売れないことでしょう。伐採して、きちんと加工して、付加価値を出した上で売るというサイクルが回っていません。このサイクルをいかにつくり、回していくか。森林の所有者から事業会社、地域住民を含め、すべてのプレイヤーとして「分かち」が行き渡るサーキュラーエコノミーの形成には何が必要なのか。
はじめに早くからカーボンクレジットのスキームづくりに尽力されてきた吉高さんにお伺いします。
グリーンスワンに備える新たなソリューション
吉高 私は環境価値をいかに金銭化するかということに20年以上、取り組んで来ました。
これまでは「環境はコスト」との認識が強くあったために、環境対策は後回しにされてきました。森林事業がうまく回っていない理由も、そうした事情があると思います。
ところが環境対策が税金で済んでいるうちはよかったのですが、気候変動に伴うリスクは税金でまかなえるレベルを超えてしまいました。いわゆる「ブラックスワン」ならぬ「グリーンスワン」だと、金融機関も大変な危機感を抱いています。
今、世界で注目を集めているのが「ネイチャー・ベースド・ソリューション」の考え方です。気候変動や人為的な生物多様性の減少などで破壊された自然資本の保護や管理に、どうお金を回していくか。もはや化石燃料を使うか否かといった話ではありません。
さらに2030年までに自然を回復軌道に乗せるために生物多様性の損失を止め、反転させる「ネイチャーポジティブ」の考え方も広がりつつあります。
その観点からすると、私が評価委員を務めている日本の脱炭素先行地域の取り組みは、いい事例です。現在、全国で100地区が選ばれ、1地区あたり最大50億円の補助金が出ます。これは地方再生のためのカーボンニュートラルへの取り組みです。地方再生にカーボンニュートラルがインセンティブになるのです。
環境省や農林水産省などの連名で政府は、経営に自然保全の概念を重要課題として位置づける「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」も公表しています。
金融機関が企業の何を評価しているのかといえば、SDGsへの投資、取り組みです。日本政府はGX戦略(グリーントランスフォーメーション)で、14の分野を選定していますが、その中に「住宅」「自然循環系」「ライフスタイル」といったものにも予算が付いています。この中に私が関わっているカーボンクレジット、SDGsファイナンスも組み込まれています。
上場企業は自然関連の財務情報開示の充実が、いっそう求められていくでしょう。いかに自然や森林を保全しながら企業経営されているかという方向に、金融機関が動き出しているのです。
ひるがえって日本を見るに、自然資源の価値化、カーボンクレジットの仕組みが不充分です。当たり前の価値を当たり前としないでそこにエコノミーを動かす、そのための環境価値の「見える化」が急務と感じています。
沢田 世界の潮流からすると、日本はずいぶん遅れていると痛感させられます。
では続いて、「“終わらない森”創り」でサステナブルな経営に真正面から取り組まれている三井不動産の山本さん、そのチャレンジをご紹介ください。
木造高層ビルでCO2を消滅
山本 弊社の「長期経営ビジョン」の中で、重点的課題の2番目が「環境との共生」です。その象徴的な事業である「“終わらない森”創り」プロジェクトをご説明します。
沢田さんが指摘されたように、間伐されずに放置されている人工林は非常に多く、適正な管理が行われていないという問題があります。弊社では、再造林されない人工林の積極的な購入を検討しています。
当社グループは、北海道に約5000haの、ちょうど江戸川区くらいの広さの森林を保有しているのですが、この森で2008年から植林活動を行っています。
また、私たちはデベロッパーですから、木を「使う」ことがポイントになります。木は成長する際に炭素を吸収・固定化することから、都市で積極的に“使う”ことで、都市に第二の森林をつくることを目標にしています。
象徴的なプロジェクトが、「日本橋本町一丁目3番計画(仮称)」という木造高層賃貸オフィスビル計画です。国産木材約1100㎥の使用により、約8000トンのCO2を固定化できます。建築時のCO2排出量は、一般的な鉄骨造りのオフィスビル比で約30%の削減効果があります(竹中工務店による試算)。
木造建築のネックになるのが耐火性です。国土交通大臣認定の建材「燃エンウッド®」の使用により、3時間耐火に対応した18階の高層ビルが可能になりました。
ほかにも「日本橋に森を創る」というコンセプトのもと、エントランスホールの壁に当社の保有林の木材を使用するなど、たくさんの木を配置する予定です。
沢田 建築・まちづくりのリーディングカンパニーが、植林など地道な活動を続けていることに感銘を受けました。育てるだけでなく木をどう使っていくのか、出口戦略がサーキュラーを回していく上でカギになりますね。
サーキュラーエコノミーのネックになるのは、やはりコストです。
森林資源を核にしたサスティナブルかつエコノミカルな仕組み、その切り札になるのがAI、DXだと思います。では、AIやDXは今どれだけ活用できるのか、若き起業家、野呂さんにプレゼンしていただきます。
森林の状況把握もAIで低コスト化できる
野呂 弊社は「燈(あかり)モジュール」という独自のAIモジュールを50ほど持っており、日本の産業領域においては世界一と呼べる得意分野がいくつかあります。私自身は森林資源に詳しいわけではありませんが、我々の建築やDXイノベーション技術の中に、森林に関わるものがあります。
森林活用には、状況把握が必要ですが、間伐を伐採業者に依頼すると約1千万円かかると言われて断念したといった話をよく聞きます。今はAIの画像処理精度が高度化しているので、ドローン画像やレーザーで森林の状況把握が可能です。
測量データの可視化するプラットフォームも活用できます。森林の測量データから樹木の本数、幹の太さ、植生まで把握できるようになっています。このシステムは災害対策にも応用できるはずです。
次に、設計においてもAIはかなり便利です。木造建築には燃えやすさや個体差という特性から、鉄筋鉄骨と比べて加工が難しい面があり、設計段階では工夫が必要です。そこで最適な資材の組み合わせを見つけるのは、AIの得意分野です。
また、図面認識技術を用いることで、平面図からムダのない加工図面を作成できます。
木材の端材量や材質基準などの条件も含めて最適化した形で資材を発注する、そうした設計への応用は、すでに実証されています。
ブレイクスルーに必要な見える化と評価システム
沢田 みなさんのお話を総合すると、森林を核としたサーキュラーエコノミーが日本のSDGs実現に向けて大きな仕掛けになる事は間違いないと確信できます。このほか、実現のための課題やアイデアなどを伺えますか?
吉高 今後はCO2の見える化ができないと、建築や土木業者の方が入札するのも難しくなると思います。正確なデータが必要だからです。野呂さんがお話しされたように、ドローンを使い、森林の資源量をデータ化する、それをカーボンクレジット化してエネルギーとトレードする、この認識を持つ企業が日本はまだ少ないですね。
山本 私は炭素固定化の評価システムを、ぜひ国を挙げて取り組んでいただきたいと思っています。
たとえばイギリスでは、建材に中古木材を使うと、その分CO2排出量から引き算される仕組みがあります。日本の林野庁からも、樹種ごとのCO2削減量が示されているのですが、国際的な基準ではなかなか認めてもらえないのが現状です。ここを突破できると、木造の建築物はもっと普及すると思います。国産材の需要が増えて、サイクルが回りやすくなるのではないでしょうか。
野呂 AIの技術や精度の向上の速さは、本当にすさまじいものがあります。既存の仕組みをどんどん超え、これを活かすためには法規制にも変化が必要です。破壊的イノベーションを起こすためには、それが絶対に必要なのです。
今年の能登半島地震では、スターリンクのWi-Fiが使われました。こうした本当に便利だと実感してもらえる先端技術の事例を、たくさん生み出していきたいです。
沢田 今日はここで唯一の20代の野呂さん、次世代に向けてのメッセージをお願いします。
野呂 私は世代を超えて、みなさんと成し遂げたいことがあります。よく、失われた30年と言われますが、私は失われた30年から取り戻す30年を、これからつくっていきたいと思っています。
沢田 ありがとうございます。この講演会が、イノベーションに向けた実践のきっかけになってくれればうれしいです。
三岡 この30年、森林資源についてはサプライチェーンとコストが課題のままでした。それを先進のテクノロジーとグリーンファイナンス駆使することでオーバーラップしていける、そんな仮説が今日、立ったのではないかと思います。みなさま、豊かなお話をありがとうございました。