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神は細部に宿る 仕事の“守破離” | 杉田孝明氏×川原秀仁対談(1)

神は細部に宿る 仕事の“守破離” | 杉田孝明氏×川原秀仁対談(1)

予約が取れない超有名店として、国内外に知られる『日本橋蛎殻町 すぎた』。何度行っても新しい発見があるつまみやお寿司のほか、店主杉田孝明さんのホスピタリティ、お店の居心地のよさも多くの人々を魅了しています。今回は、杉田さんの仕事の哲学、修業時代のお話を、10年以上のファンだという川原がインタビューしました。

衝撃的に美味しいお寿司との出会い

川原 杉田さんにはいつか『unsungheroes』 (山下PMCの広報誌)に、ご登場いただきたいと、ずっと願っていました。

杉田 ありがとうございます。長いお付き合いをさせていただいていますね。

川原 私が初めて杉田さんのお寿司に出会ったのは2003年のこと。日本橋蛎殻町の人気店『都寿司』でした。その中で、修業中だが、格別に美味しいと感じるお寿司を握る方がいました。その後、店のお弟子さんが独立され新たに『日本橋橘町 都寿司』を開店させたと聞きつけ、2007年末に行くと、そのご主人が蛎殻町の『都寿司』で修業されていた杉田さんでした。運命的な再会でした。

杉田孝明氏

杉田 高校を卒業し〝寿司職人になろう〞と修業に入ったのが日本橋蛎殻町の『都寿司』でした。そこで出前から仕込みまで、あらゆる仕事を基礎から学び、30歳で独立しました。

川原 この時、以前いただいたものよりさらに進化した 〝衝撃的に美味しいお寿司〞に出会えたことは、私にとって幸運でした。今は修業を始めた地に移転され日本橋蛎殻町『すぎた』と改めています。今日は、お寿司というシンプルな料理で、なぜこれほど人を感動させられ、しかも進化し続けられるのか。仕事においてどのような信条やビジョンをお持ちなのか、じっくりとうかがわせてください。

杉田  最初の頃はランチで持っているようなお店でしたね。しかし、32、33歳の頃にお客様が少なく、店を維持することが大変になりました。しかし私にはお金がありませんでしたので、高価な魚を買うこともできませんし、名前で人を呼ぶこともできません。あるもののなかで勝負をしなくてはいけない。そこで創意工夫を続けていたら、ありがたいことに、世のなかに知られるようになりました。

日本橋蛎殻町 すぎた

寿司やつまみなど料理の秀逸さだけでなく、店全体のグルーヴ感、杉田さんの人柄、美しい所作、細やかな気配りなどで知られる。
東京都中央区日本橋蛎殻町1丁目33-6 ビューハイツ日本橋
☎03-3669-3855 ※完全予約制 月曜定休

ベーシックでシンプルな寿司をさらに美しく

川原 スタートが下町の寿司店であることは、多くのインタビューでもおっしゃっていました。その矜持をお聞かせください。

杉田 あえて挙げれば、みんなが楽しめる寿司、でしょうか。珍しいことをするのではなく、誰もが美味しいと思うものを、知恵と培ってきた経験で磨いてきました。

川原 でも杉田さんのお寿司は強烈な個性を放っていますよ。

杉田 ベーシックでシンプルな寿司を、さらに美味しく、味を広げようと考えているからでしょうか。これが私の信念であり、すべてです。

川原 その姿勢にブレがない。

杉田 根本にあるものは「この素材はもっと美味しくなるはずだ」という気持ちです。それを、ただ繰り返しているだけです。

川原 私は職人の技は時に芸術家を凌駕することさえあると思っています。それが、杉田さんが握る独自のアジやコハダにつながっていくのですね。

杉田 マグロや貝類は素材勝負ですが、光り物は、処理方法などに手をかければかけるほど、美味しくなります。だから、職人としての技を反映しやすいのです。

川原 技術の幅も広がると思います。でも、杉田さんは決して奇をてらわない。〝江戸前の寿司〞に軸足を置いて、ブレませんよね。

杉田 お客様に「同じ食材なのになぜ味が違うのだろう」と思っていただければありがたいです。

寿司職人ではなく総合司会者かもしれない

川原 確かに、毎回味わいが異なり、それはとても深淵です。ひとつのことを追求し続けるとそれがオリジナルになる。これはあらゆる仕事に共通していえることですね。それにプラスして、杉田さんは〝何か〞特別なものをもっている。これまで名店といわれる寿司店には、客が緊張してしまい、寛げないお店もありました。

杉田 何かあるとすれば、私は主演俳優ではなく、総合司会者という立ち位置で仕事をしていることかもしれません。寿司職人とは 〝ものづくり〞と〝サービス〞を一人で行う仕事だと思います。そのなかでは私はサービスの方が得意なのです。

川原 だからリラックスできる。

杉田 私は手先がとても不器用なのです。いまだにネクタイも一人では締められません。そのくらい何もできないから、修業時代からもどかしさを感じつつ、飽きずに続けられています。不器用だから、今日より明日の方がうまくなれると、ひたすら努力し続け、気が付けば二十数年が経っていました。

川原 杉田さんの所作は、洗練されており、無駄がなく美しい。そこには修練されたものを感じます。

杉田 動きについても、不器用なりに工夫し、少しずつよくしようと思うんです。私は要領が悪いので、人が確認しない部分も、確認しないと失敗します。だから、手間もかかってしまう。その確認の作業をスムーズに行えるよう、今も日々鍛錬を続けています。

杉田孝明氏

日本橋蛎殻町 すぎた
杉田 孝明(すぎた・たかあき)

1973年千葉県生まれ。中学時代に寿司職人を志し、高校卒業後、東京・日本橋蛎殻町の「都寿司」で12年間修業する。30歳のときに「日本橋橘町 都寿司」を開店。2015年に「日本橋蛎殻町 すぎた」をオープン。食べログの評価は常に最上位クラス。

川原秀仁

山下PMC 代表取締役社長
川原 秀仁(かわはら・ひでひと)

国内における建築・建設分野のプロジェクトマネジメント(PM)、コンストラクションマネジメント(CM)のトップランナーで、国内を代表するメガプロジェクトを多数手がける。PM/CMを普及させている草分け的存在。著書に『施設参謀』(ダイヤモンド社)がある。

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