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なぜ今、先端企業は地方に注目するのか|向井永浩氏×西澤明洋氏×川原秀仁座談会(1)

なぜ今、先端企業は地方に注目するのか|向井永浩氏×西澤明洋氏×川原秀仁座談会(1)

都市の経済力が全国を牽引してきた成長期の終焉から20年近くが経過した現在、地方にとどまらないオール・ジャパンの課題として注目される「地方創生」。この座談会では、事業戦略上、地方と密接なつながりを持つ3人の経営者が、地方創生を経営的視点から見直します。

高知にR&D拠点を築き、AI対話エンジンを開発するNextremer向井永浩氏。企業のブランディングを手掛け、地方が持つリソースを発見し価値付けるエイトブランディングデザイン西澤明洋氏。企業や自治体の保有施設を経営戦略化する、「施設参謀」こと山下PMC川原秀仁。

第1弾の今回は、3人がそれぞれの事業を通じて地方に見出したポテンシャルを伺います。

「施設参謀」はなぜ地方に注目するのか

川原 以前からよく、私の出身地である唐津のことを考えることがあります。唐津は地方都市としては恵まれていて、たくさんのリソースを持っています。たとえば先史以来の長い文明の歴史。市内には、日本最古とされる水稲耕作遺跡や、国内最古級の前方後円墳など、古くから文明が芽生えたことを伝える遺跡や旧跡が多くあります。3世紀に書かれた中国の『魏志倭人伝』で、唐津近辺にあったとされる「末盧国」の記述があるほどです。

観光資源も豊かで、国の重要無形民俗文化財に指定されている「唐津くんち」という祭りには毎年50万人もの人が訪れます。400年以上の歴史がある陶器の「唐津焼」も全国的に知られています。また、自然環境にも恵まれていて、多くの海産物が獲れ、サーフィンなどのマリンスポーツも盛んです。現代の産業にも新しい動きが見られます。昨年、フランスの化粧品メーカーと連携して、唐津市周辺に化粧品産業を集積する「コスメティックバレー」の構想が打ち出されました。

つまり歴史的財産から次代のイノベーションまで、唐津は魅力ある多彩なリソースを持っていますが、そうしたリソースを統合させて、地域全体の力として打ち出していく活動になっていません。そこが残念ですね。これまでプロジェクトマネジメントという業務を通じて、様々な産業界を見てきました。業界を横断する仕事をするなかで、地域内に存在するリソースをまとめて総合力を発揮する環境を築けば、地域の未来を描き出せるかもしれない。当社の場合、そんなところから地方創生に注目し始めました。

AI対話エンジンのNextremerはなぜ高知にR&D拠点を築いたか

向井さんは最近、これまでの東京に加えて高知県にも拠点を設けられました。なぜ高知県だったのですか?

Nextremerが2015年4月、高知県南国市に開設した研究開発拠点「高知AIラボ」から見た周辺の風景Nextremerが2015年4月、高知県南国市に開設した研究開発拠点
「高知AIラボ」から見た周辺の風景(写真提供:Nextremer)

向井 当社は、人間と対話する人工知能の「対話エンジン」を開発しているメーカーです。今後、人工知能の発達は、それを「つくるビジネス」と「使うビジネス」の両輪で進んでいくでしょう。

当社は「つくるビジネス」側のメーカーですが、この仕事は研究開発に携わる人間、つまりエンジニアがすべてです。そうなると、なにも東京である必要はない。大切なのは優秀な人材がいることであって、場所は問わないのです。

高知を選んだ理由も、人材です。東京の当社で働いていた高知出身のエンジニアから、地元に帰りたいという申し出があったのです。でも、こちらとしては貴重なエンジニアの流出は避けたい。そこで、彼が地元に戻っても、引き続き当社で働いてもらえるように高知に拠点を設けました。

そういう理由なので、その時点では地方創生という意識はありませんでした。それを意識するようになったのは、実際に高知で動き始めて、地方のメリットに気付いてからのことです。

自由に歩き回る対話ロボット「ダブルロボット」などで、常時、東京のオフィスとコミュニケーションを取っている。自由に歩き回る対話ロボット
「ダブルロボット」などで、
常時、東京のオフィスと
コミュニケーションを取っている。
(写真提供:Nextremer)

川原 どのようなメリットがあるのですか?

向井――大きく二つあります。一つは、全国屈指の高齢化です。人工知能の技術はまだ揺籃期にあるので、人間が対話をしながらいろいろと教えてあげなければ育ちません。では、誰が教えるのかというとき、忙しく働いている世代がその時間を割くのはなかなか難しい。時間にゆとりがあり、子育てもしてきた高齢者は、人工知能の教育者にはうってつけで、高知にはそういう人がたくさんいると気付いたのです。

もう一つは、地方ならではの産業構造です。高知は、農林業や漁業といった第一次産業が盛んな半面、サービス業などの第三次産業はあまり発達していません。人工知能が実用化の段階に入ると、まずは会社の受付業務のようなサービス産業で、人間から人工知能にシフトしていくと予想されます。となると、高知のように第三次産業が発達していない地域のほうが、パラダイムシフトがしやすい条件が揃っているのです。

西澤 会社の運営上、東京と高知の二拠点で活動するメリットはありますか?一つにまとまっているほうが効率はよいのではないかという気もしますが。

向井 東京と高知の位置付けにほとんど違いはなく、同時並行的に研究開発を進めてい ますが、不便が生じたり、チームのギャップを感じたりすることはありません。テレビ会議は常時接続しているし、高知には米DoubleRobotics社製の「ダブルロボット」も置いて円滑なコミュニケーションを取っています。

向井さんが日頃使っているダブルロボットを介して、Nextremerの高知AIラボにいるスタッフとコミュニケーションをとる西澤さん。 向井さんが日頃使っているダブルロボットを介して、
Nextremerの高知AIラボにいるスタッフとコミュニケーションを
とる西澤さん。

川原 ダブルロボットとはどのようなものですか?

向井 離れた場所にいる人間同士で対話するためのテレコミュニケーションツールです。遠隔操作で自由に動かすことができ、相手の顔を見ながら会話します。今のところコミュニケーションの問題は起こっていません。

地方の拠点が、会社の運営や研究開発にマイナスに働くことはありません。さきほども言ったように、人材がすべての当社にとっては、むしろプラスの要素のほうが多いのです。そのことに気付いたのは、実際に高知で動き始めてからですが。

エイトブランディングデザインはなぜ地方企業をブランディングするのか

西澤さんは、企業や製品などのブランディングという仕事を介して地方と深く関わっていますね。

西澤 私も向井さんと同じで、地方創生という意識で今の仕事を始めたわけではありません。当社は、大きくはデザイン会社にくくられますが、ブランディングが専門です。会社のロゴだけとか、商品のPR制作物だけといった「点」のデザインは原則としてやりません。会社の方針とか、商品の開発コンセプトといった川上から検討に入り、実際の商品づくりというアウトプットまでを一貫してデザインします。

ところが、多くの企業がつくっている商品や各種制作物、ロゴ、名刺などを見ると、それぞれが個別の「点」のデザインで終わっているのが現状です。私たちがブランディングの依頼を受けるクライアントも、せっかく様々なデザインをしているのに、それらがつながりの薄い「点」であるために、商品のPRや売り上げに活かせていないケースが目立ちます。

ブランディングというのは、単に売り上げを伸ばすためだけのものではありません。高度なコミュニケーションツールです。本当に魅力を持つものならば、その情報を受け取る側に伝わるはずなので、実際に「どうやって伝えていくのか」を追求していきます。その意味で、当社はブランディングという切り口ならばなんでも幅広くやっています。企業の大小や立地は問わないし、業種や業態、商品もバラエティに富んでいます。珍しいところでは、神社のブランディングというのもあります。

「よいものを、より多くの人たちに伝えたい」という思いで仕事をしていると、地方にたくさんの魅力的な素材が眠っていることに気付きます。きちんとブランディングされていないから、埋もれているだけなのです。私たちとしては、そういうものを広く伝え、結果としてその会社や地域も発展してほしいと思っています。ブランディングは、しばしばマーケティングと混同されます。両者の違いをわかりやすくいうと、マーケティングが売り上げを伸ばすための手法です。それに対して、ブランディングは広く伝えた結果として売り上げも伸ばす技術です。これまでの経験からも、本当に魅力のあるものは、きちんと伝えればほぼ間違いなく売り上げも伸びます。

ここで大切なのは、地方創生以前に「よいものを伝えたい」という強い思いがあることです。今、期待される地方創生も、その辺りがキーワードになるといいですよね。地方創生というお題目ばかりが先走りして、魅力がないものを強引にPRしても効果はあまり期待できないでしょう。

川原 私も、その意見には賛成ですね。地方創生につながりそうな仕事として、西澤さんが手掛けたブランディングにはどんなものがありますか?

西澤 「山形緞通(だんつう)」という手織り絨毯の商品を持つ、山形県山辺町のオリエンタルカーペットの事例が挙げられます。山形緞通は、皇居新宮殿や吹上御所、首相官邸、各国大使館、帝国ホテルなどで使われており、最近の例では東京・銀座の歌舞伎座のメインロビーがあります。海外でも、バチカン宮殿(バチカン市国)などで使われている高品質な絨毯です。

エイトブランディングデザインの現場:山形緞通

エイトブランディングデザインの現場:山形緞通

西澤さんがブランディングを手掛けたオリエンタルカーペット(山形県山辺町)の手織り絨毯「山形緞通」。商品ラインナップやロゴなどを一貫して見直し、魅力や品質が伝わるブランドに再構築した。山形緞通は、各工程で手づくりの伝統的技法が継承されている。右の写真は、特殊なハサミで表面に立体感を描き出すカーヴィングという仕上げ技法。失敗の許されない熟練の技が求められる。

特殊なハサミで表面に立体感を描き出すカーヴィングという仕上げ技法。失敗の許されない熟練の技が求められる。

(写真提供:エイトブランディングデザイン)

ただ、会社は悩んでいました。もっと広く一般の人にも手織り絨毯を使ってもらおうと、いろいろな工夫をしてきたけれど売り上げが伸びないと。そこで、相談を受けて訪ねてみたのですが、これが素晴らしい。糸の染織から、仕上げの特殊な加工まで手づくりで、しかも自社工場で熟練工が一貫生産している。地方ならではの豊かなものづくりが今も残っています。現場を見たら感動して、それだけで欲しくなってしまうほどです。各工程の職人が、非常に手間ひまをかけてつくっていて、手織りの作業なんて、熟練工でも1日に数センチしか織れないのです。

それなのに売り上げが伸び悩んでいたのは、ブランディングが不十分だったからでした。世界に誇れるトップレベルの職人がいて、商品ラインナップも充実させて、立派なカタログもつくっていたけれど、すべてが「点」のデザインにとどまっていて、市場にフィットするコミュニケーションを打ち出せていなかったのです。

そこで、それまで呼称にすぎなかった「山形緞通」を商標登録して知的財産をおさえるところから始め、複雑だった商品ラインナップの整理や、一般消費者を意識した価格設定など、全般にわたって見直しました。ものづくりの現場や、周辺の美しい自然環境を伝える映像などもつくって、会社のウェブサイトに載せたり、営業ツールとして活かしたりしています。

今、山形緞通の売り上げは伸び始めています。身近な価格帯のものが売れるようになると、認知されるようになり、徐々に高級な商品も売れ始めるという効果も出てきました。脈絡のなかった「点」のデザインを見直し、統一したコンセプトのもとでブランディングすれば、本当によいものは伝わるという好例です。そういうものは、まだ地方にたくさん埋もれているのではないかと思います。

進行:高木伸哉(flick studio)
文:松浦隆幸
写真:増田智泰

座談会シリーズ『経営的視点で見直す地方創生』

*この座談会は、2016年3月1日発刊の広報誌UNSUNG HEROES08に収録されたものです。

向井永浩

Nextremer 代表取締役 CEO
向井永浩(むかい・ひさひろ)

1977年岐阜県中津川市生まれ。金沢大学卒業。2012年10月に株式会社Nextremerを設立。Nextremerは対話テクノロジーを軸に、幅広いアプローチで人工知能における研究開発を行うスタートアップ。対話エンジンの開発や対話サービスの提供、そして市場に新たな価値を提案するオープンイノベーション事業の推進を行う。AIと人の新しいコミュニケーションチャネルの創出を目指し、実用化を進めている。2015年4月に高知AIラボ設立、2016年8月には100%子会社として人工知能技術開発の為の学習データを提供する株式会社ataremerを立ち上げ、AIを高知の新産業とする人”高知”能計画を推進中。

西澤明洋

エイトブランディングデザイン 代表
西澤明洋(にしざわ・あきひろ)

1976年滋賀県生まれ。「ブランディングデザインで日本を元気にする」というコンセプトのもと、企業のブランド開発、商品開発、店舗開発など幅広いジャンルでのデザイン活動を行っている。リサーチからプランニング、コンセプト開発まで含めた、一貫性のあるブランディングデザインを数多く手掛ける。主な仕事に川越のクラフトビール「COEDO」、ヤマサ醤油「まる生ぽん酢」、iPhoneアルバムスキャナ「Omoidori」、ドラッグストア「サツドラ」、料理道具店「釜浅商店」など。グッドデザイン賞、PENTAWARDSをはじめ、国内外の受賞多数。著書に『ブランドをデザインする!』(パイ インターナショナル)など。

川原秀仁

山下ピー・エム・コンサルタンツ 代表取締役
川原秀仁(かわはら・ひでひと)

1960年佐賀県生まれ。1983年日本大学理工学部建築学科卒業。農用地開発/整備公団、JICA等を経て、山下設計に入社。1999年に山下ピー・エム・コンサルタンツに転籍。山下PMCの創業メンバーとして参画し、国内CM技術の礎を築く。主な受賞に2012年国際CMコンクール準グランプリ(武田薬品工業湘南研究所プロジェクト)ほか。2015年10月、著書『施設参謀――建設リスクを経営資源に変えるコンサルティング』をダイヤモンド社より発行。