経営課題を解決するファシリティ・CRE戦略マガジン

週刊 施設参謀

一級建築士、コンストラクション・マネジャーの資格をもつ
施設建築・運営管理の専門家がみなさんの疑問に答えます。

パラダイムシフトの現場から

藤原 浩

藤原 浩 (ふじわら・ひろし)

1957年生まれ。大学卒業後、日本電子(株)に入社。1995年より独ソフトウェア会社の日本法人・SAPジャパン(株)において、また2007年からはフィリップス エレク卜ロニクス ジャパンのへルスケア部門において、代表執行役社長やCOO等を歴任。2011年、コダック(株)において常務取締役グラフィック コミュニケーション事業部長兼コンシューマービジネス事業部長に就任。グローバル企業での経験を元に日本市場での新たなビジョンや戦略を策定、その達成に向けリーダーシップを発揮し、2012年に代表取締役社長 就任。2013年12月、会社改組によりコダック合同会社代表執行役員社長に就任、現在に至る。

西田 司

西田 司 (にしだ・おさむ)

1976年生まれ。1999年横浜国立大学工学部建築学科卒業。2004年、オンデザインパートナーズ設立。個人住宅や商業施設等の設計を数多く手掛けるほか、建築設計のフレームワークを超えた活動も注目されている。「ヨコハマアパートメント」で日本建築家協会新人賞(2011年)、「FIKA」で東京建築士会 住宅建築賞(2013年)、また理事を務める「ISHINOMAKI 2.0」でグッドデザイン復興デザイン賞(2012年)、地域再生大賞特別賞(2014年)ほか、受賞多数。。2014年日本建築学会教育賞(教育貢献)受賞。主な連載に『妻・娘から見た建築家の実験住宅』(2009-2011/ミセス・文化出版局)ほか。

川原 秀仁

山下PMC 代表取締役社長
川原 秀仁(かわはら・ひでひと)

1960年生まれ。山下ピー・エム・コンサルタンツ 代表取締役社長。1983年日本大学理工学部建築学科卒業。農用地開発/ 整備公団、農水省、JICA等を経て、山下設計に入社。1999年に山下ピー・エム・コンサルタンツに転籍。山下PMCの創業メンバーとして参画し、国内CM技術の礎を築く。

フィルムから印刷へ――それぞれのパラダイムシフト


川原 建設業は歴史の長い産業で、時間をかけて技術を成熟させ、一大産業となりました。それでも近年、社会や経済の変化を背景に、遅ればせながら大きなパラダイム転換の時期を迎えようとしています。この転換期をどう生き残るのか、あるいはチャンスに変えるのか。今日は印刷業の様子を教えていただき、お知恵を拝借できればという気持ちで臨んでいます。同じ建築の世界でも当社とは違った立場でお仕事をされている西田さんもお招きしました。まずは簡単に自己紹介を兼ねて、それぞれの会社の置かれた状況と姿勢を教えてください。

藤原 私はコダックに来て3年半近くになります。それまでは日本電子、SAPというドイツのIT企業、それからフィリップスでマネジメントをしていましたので、実は印刷業は門外漢でした。私自身は理科系ではありませんが、ハイテクに興味があって、一貫してその分野で仕事をしています。

コダックと言えば写真フィルム分野のリーディングカンパニーで、デジタルカメラを世界で一番早く開発したのもコダックでした。しかしご存知のように、その技術によってフィルム市場は急速に縮小していき、どのフィルムメーカーも方向転換を迫られました。コダックの場合は印刷機などに活かせるケミカル分野の技術を持っていましたし、印刷技術もM&Aで少しずつ拡大していましたので、企業向けイメージングビジネスに特化することになったのです。

カメラやフィルムのコダックとはずいぶん違う印象だと思いますが、コダックの印刷技術はコンシューマーには見えない部分で社会インフラに潜り込んでいまして、世界の印刷物の3分の1ぐらいはコダックの技術がからんでいると言われています。

西田 大学を卒業してすぐ建築設計事務所を設立して、15年目になります。現在19人の会社ですが、若い頃は比較的小規模の住宅や商業の仕事からはじめました。個人住宅の設計を依頼されることが多かったのですが、現在は公共施設や商業施設も増え、また建築設計だけでなく施設の企画・運営まで引き受ける機会もいただいています。

その一つとして「ISHINOMAKI 2.0」という石巻の復興まちづくりに関わっています。石巻内外からいろいろな専門職の人が集まり、住民や地元企業の方たちと一緒に、この3年半で25のプロジェクトを立ち上げ、8個の拠点をつくりました。自治体主導のトップダウンでのまちづくりではなく、民間のプロジェクトが持つ小さな公共性を集積させることで、新しいまちづくりのプロトタイプにならないかという試みです。僕たちは設計者ですが、建物をつくることにこだわらず、街の営みのようなものをつくるお手伝いをしています。震災前から衰退していた中心市街地に商業施設を新築しても、いずれ立ちいかなくなるからです。

ISHINOMAKI 2.0

東日本大震災で被災した石巻市で行われている復興まちづくりプロジェクト。2011年6月に、石巻中央商店街の若手商店主やNPO、建築家、まちづくり研究者、広告クリエーター、WEBディレクター、学生など、様々な職能を持つ若手専門家が全国から集まり設立された。震災前から抱えていた経済的空洞化や閉鎖性などの問題を解決し、よりオープンでコミュニティが充実したまちをつくるため、多種多様なプロジェクトを実現させている。平成24年度「宮城県新しい公共の場づくりのためのモデル事業」採択。


まちなかでの映画上映会「金曜映画館」[写真:オンデザインパートナーズ]


本好きのためのコミュニティスペース「まちの本棚」[写真:布田直志]

川原 当社は建築設計や施工の会社ではなく、建設プロジェクト全体を統括するPM/CM専業の会社です。建設プロジェクトを実現させたい事業主のパートナーとして、戦略立案から運営開始までを速やかにつなぐ仕事です。マネジメント専業の建設系の会社は今のところほとんどありません。

当社が設立された90年代後半には、日本にこのような職能はありませんでした。2000年以降、不動産証券化がきっかけとなり、資金調達にファンドマネジャー、資産管理にアセットマネジャーがいるのと同じように、建設投資にCMという職能が根付いていきました。

同時にプロジェクトファイナンスが導入されたことで、日本の企業にも、人・組織・設備・知財などを総合的に使って経営をするという発想が生まれ、CRE(企業不動産)戦略が真剣に検討されるようになり、われわれの会社も担い手として注目されています。

最近ではPRE(公的不動産)戦略への関心も高まって、横浜新市庁舎建設、震災復興のお手伝いなど、公共性のある建設プロジェクトをまとめる仕事も増えています。

発想の大転換「バリアブル印刷」。一方、建設生産の転換とは

公共工事品確法の改正成立を伝える記事[建設通信新聞2014年5月30日]


今回の法改正によって、公共工事の発注者は、工事の性格や地域の実情を踏まえ、多様な発注方式の中から適切なものを選択あるいは組み合わせて入札・契約できるようになった。

川原 コダックさんはフィルムから印刷へと大きく舵を切りましたが、転換した先の印刷業はどのような状況なのでしょうか。印刷も建築に負けず劣らず重厚長大な産業の一つという印象を受けます。

藤原 日本の印刷業は十数年前には9兆円産業と言われていたのが、今は6兆円を切りました。印刷会社の数は2万を超えますが、ほとんどが中小企業です。街を歩くとよく印刷屋さんを見かけるでしょう。かつてはみんなが忙しくしていられるだけの仕事があったのですが、WEB化が進んだり、あまり本が読まれなくなったり、いろいろな理由で紙の需要が減ってきました。

それでも6兆円は産業としてはものすごい規模ですし、紙はまだまだ新しい価値を見い出せるメディアです。たとえば、みなさんがお読みになる本や広告、DM、食品パッケージ、みな同じ情報が印刷されていますよね。これがバリアブル(可変)になったとしたらどうでしょうか。これは中日新聞ですが、ビンゴゲームやクーポンの組み合わせを1部ずつ変えて印刷していて、内容がみんな違うんですよ。

一同 これはすごいですね。

西田 新聞がエンターテインメントとして自分に近づいてきた感じがします。

藤原 そうすると、どの地域でどのクーポンの反応がよかったかといった効果測定可能なマーケティングができます。WEBに遅れをとっていた、情報の双方向性を持つことになります。さらにWEBと連動させたO2O(Online to Offline)の様なマーケティングも展開できます。この自動車の広告についている二次元コード、これはユニークコードです。この読者がWEBのどこを回遊してどの車に興味を持ったかがトレースできますし、興味のありそうなDMを選んで送るなんてことも可能です。

マーケティングの目的に沿ったデータやコンテンツのつくり方も総合的にサポートしていくことで、いわば印刷とWEBを結びつけるプラットフォームを提供するようなビジネスを開拓中です。印刷の材料を提供するだけでなくて、ビジネスモデルや、印刷業の新しい成長の目標を提供していくことも目指しています。

川原 印刷はもともと同じものを量産するための技術として発展してきたのに、多品種少量生産を極限まで推し進めたバリアブル印刷で、マーケティングという新しい可能性を開いているのですね。まさにパラダイム転換と言っていいと思います。

実は建設における生産システムにも、これまでとまったく異なる発想が持ち込まれようとしています。建設は多品種一品生産で、製造業のような少品種大量生産とは違うという認識が長らくありました。でも製造業ではフロントローディング化が進み、計画・調達・生産・製作をワンストップで行うことで納期や品質を向上させています。これを見習って、決定事項は早期に確定させ、後の工程は同時並行的に進めるしくみ(コンカレントエンジニアリング)を建築生産に持ち込みました。これまでは設計が終わってから調達、調達が終わってから施工、と1工程ずつ順番に進められていましたが、基本計画の後すぐに発注し、許認可・生産計画・調達計画・運営準備・工事を複数の会社が同時並行で進めるまでに収斂しています。

私たちがCMを担当した武田薬品工業の研究開発施設はその一例です。設計事務所、ゼネコンと設備工事会社7社が設計と工事を同時並行で行うスキームとし、納期と品質を向上させました。早期に発注を行うため、事業者にとっては事業見通しが早く確定できるというメリットもあります。

こうした動きは民間だけでなく公共事業にも現れてきました。2014年には品確法(公共工事の品質確保の促進に関する法律)という法律が改正され[図1]、公共工事においても制度化されつつあります。今、建設業で起きているパラダイムシフトの一つです。

バリアブル(可変) 印刷

デジタル印刷機の機能を活用し、1枚1枚異なる内容の情報を印刷する技術。中日新聞社では紙面の一部で採用し、ビンゴゲームやおみくじ、割引額が異なるクーポン券などを印字している。可変印刷部分以外は通常のオフセット印刷で、毎時13万部にも達する新聞輪転機の高速印刷に追従できる、コダックのインクジェット印刷システムによって実現している。バリアブル印刷はダイレクトメールなどでは一般的だが、オフセット印刷との組み合わせによって、読者離れが進む新聞業界の新たな可能性を開いた例。[写真提供:コダック]

これから考えていくべきなのは多様な価値を包括する建築

西田 ボトムアップ型のまちづくりに携わっていますと、川原社長のおっしゃる生産プロセスの構造改革のようなことは普段あまり意識する機会がありません。でも僕の立場で感じている、建築の世界での価値観の変化が二つあります。一つは、デザインからインタラクションへの転換が起きつつある、ということです。デザインというのはラテン語の「考えや計画を表す」が語源で、専門的かつ一方向性のものです。これに対してインタラクションは、ビルダーもユーザーも双方向の価値交換ができることを意味します。ISHINOMAKI 2.0という命名には、WEB2.0のようにまちづくりもインタラクティブになっていくべきだという問題意識がありました。

もう一つは、計画的価値から経験的価値への転換。経験的な価値というのはいわば、暮らしや営みから得られる実感のことです。日本の建設業界は成熟していて技術水準も高いですが、計画可能な技術の素晴らしさだけではなく、様々な職能と対話できる暮らしの豊かさや、ひらかれた社会性が、建築にも街にも求められるようになっていると感じています。長年の生活の知恵だとか、地域の歴史や風習や街並み、こうした多様な価値を包容的に受けとめる建築のつくり方を、僕たち以降の世代は考えていくべきだと思っています。

川原 石巻のプロジェクトにはどんなものがあるのですか。

西田 これは「まちの本棚」という施設です。本の好きな人同士が集まって、本をキーワードに話をしたり、本と生活や本とアートなどをつないでいく拠点です。施設は全部DIYで、自分たちで施工しました。本の売上だけでは採算が取れませんが、本という背景があると人が集まる環境をつくりやすく、オープンエンドなしくみを生み出す場所になります。

藤原 われわれ印刷業からするとありがたい施設ですね。(一同笑)

西田 これは「日和キッチン」。石巻は生鮮マーケットが素晴らしいので、新鮮な食材をおふくろの味で食べられるレストランがあるといいねということで、街のお母さんたちと一緒に計画しました。朝から営業しています。市外から来るお客さんを想定していたのですが、地域の方も増えてきました。市街中心部は36%ぐらいの高齢化率で、一人暮らしのお年寄りも多く、実はこうしたお店が必要とされていたんですね。建設業で単身赴任されている方も来られます。こんなふうに食や医療や教育や、いろいろな価値を建築に取り込めないかということをいつも考えています。

川原 西田さんは建築物を設計するだけではなく、公共のあり方を考え、システムや経営戦略まで提案をして実践されています。人や地域が蓄積してきた経験をいかに建築の機能に落としこみ、運営するか、ということを考えていらっしゃる。BtoBか、BtoCかという違いはありますが、お客さまの必要としていることをより上流で汲み上げ、一貫した施設戦略に落としこんで実現させるという点で、山下PMCと共通する部分がありますね。

投資だけでは立ちいかないから、ソリューションビジネスが有効

川原 先ほどの藤原社長のお話で、もともとは大量生産品だった印刷をビッグデータと結びつけて、ソリューションビジネスの道を開拓していることに感心いたしました。印刷の材料を提供するだけではないとおっしゃっていましたが、ソリューションビジネスは力を入れていこうとしている分野なのでしょうか。

藤原 2014年から「売れる印刷営業のしくみづくり大学」というものをはじめました。印刷業は元来設備産業でして、銀行からお金を借りて輪転機を置いておけば決まったお客さんから発注が来る、という状況を長い間享受できていました。ところが市場が小さくなると一気に過剰設備になり、少しでも稼働を上げる必要が出てきました。そこで困っている印刷会社さん向けに、ソフトブレーンというIT企業のコンサルティング部門と提携して、販売力を強化するためのビジネススクールをはじめたのです。たとえば折込広告印刷の営業も、どの地域のどういう層にどういうプロモーションをかけたらいいかをビッグデータから判断して、小売店さんに提案する、という提案型の営業を学んでいただいています。印刷会社さんはITからは縁遠いので、初めはみなさん戸惑われますが、生き残るためには新しい顧客に新しい価値を提案しましょう、というお話をしています。

川原 以前は設備投資するだけでうまくいっていたことが立ちいかなくなって、業界全体の底上げを図るためにソリューションビジネスを推進しているのですね。

建設業にも土地を買って何か建てれば自動的に値段が上がっていく、土地神話に代表されるような時代がありました。今は固定資産を戦略的に運用しないと、ROA(総資産利益率)が下がって企業の信用に影響しますので、私たちのようなソリューションビジネスが必要になってくるわけです。

藤原 以前SAPにいた時、山下PMCさんと似たようなサービスをされている外資系の会社にお世話になったことがあります。われわれの意図を汲み取って、企画から交渉からすべてワンストップでやっていただき、画期的だなと思いました。1ベンダーだけに任せていたら、センスのいいもの、希望したものはできなかったでしょうね。

キーワードはパスサッカー? 分野を越えたネットワークが鍵

川原 どの産業にも言えることですが、創造的な事業を実現するためには分野をまたぐ連携が不可欠な時代になったと思います。たとえばIT業界が構想している介護医療ロボットは、医療や人間工学との協力なくしては成り立ちません。

建物も同じです。一般的に民間の建設事業は、事業主が事業戦略に基づいて建物を発注し、建設産業がそれに従って建設する、という分担で行われます。事業戦略と施設のつくり手が別々で、そこに溝があるのです。今の事業主が求めているのは、施設を事業戦略そのものに組み込むことです。そこで当社では、事業戦略と施設戦略を一体化して立案するお手伝いをしています。事業主が目指すビジネスモデルや事業モデルを深掘りしてくプロセスを経て、計画へとつなぎます。それにはもちろん建築だけではなく、経営学や財務・会計の知識も必要ですし、お客さまの業界の動向やその分野の法制度にも明るくなくてはいけません。建築の専門知識を他の分野の専門知識と往来させることで、本当にお客さまの経営に役立つ、創造的な施設を実現させられるのです。

建設プロジェクトにおけるPM/CMの役割。戦略立案から実現に向けた発注、設計、工事施工に関連するマネジメント業務まで、事業主のパートナーとして建設プロジェクトを推進する。

これが建設業が迎えているもう一つのパラダイムシフトですが、業種を越えたネットワーキングは今どの業種でも求められているのではないでしょうか。コダックさんもITと連携することで印刷の可能性を拡げましたよね。

藤原 おっしゃるとおりだと思います。ネットワークというのは日本が遅れているところでもありますね。今朝の日本経済新聞で、インダストリー4.0のことが報じられていました。ドイツの産官学が協働して、デジタル技術を駆使して製造コストを下げようとする取り組みです。実は日本の印刷技術は世界ナンバーワンで、同じ機械を使っても最高の品質ができるんですね。個々のコンポーネントはドイツよりも進んでいるのです。ところが一つのシステムに統合する力は、ドイツやアメリカの方が優れている。インダストリー4.0はそこに目をつけて、大きく手を打ちはじめているように思います。

川原 日本の建物も単体だと、どの国の人もみんな賞賛するんです。でも街並みやインフラとの連続性はないので賛否両論だし、建設生産システム全体の良さも世界に伝えきれていない。どの業種も単体ではすぐれた技術があるのですから、今こそ必要なのはネットワークやリレーションです。

西田 成熟した都市において日本が国外に打ち出せる次のハイテクになりうるのは、日本のライフスタイルそのものだと思うんですよ。料理の話も建築の話もフラットに語られるぐらい一体化したものとして、海外に売り出せるはずです。

藤原 西田さんの作品はどれもそういう視点ですね。

西田 建築に多様な価値を取り込むために、僕の事務所では設計の方法を変えました。サッカーにたとえて、パスサッカーの設計手法と呼んでいます。以前はマラドーナのような一人のカリスマ選手がゴールを決めることがよしとされてきたように、建築家と言われるカリスマが価値を提案していました。けれども僕たちがお手本にしているのは、ボールを回しながらゴールを決めるバルセロナのサッカーです。パスが交換されていく中で、ボールに触った人が価値を増やしていくという発想です。平易な言い方をすれば、集合知ですが。

川原 パスサッカーの設計手法は、時代の要望を的確に捉えた形のように感じます。

変動期に必要なのは、経営的視点。変化を許容する継続の形を探れ

藤原 印刷業が過剰投資になっていると申しましたけれども、実は他の業界にも言えるのです。たとえば電子顕微鏡。国民一人あたりでいうと日本は他の先進国の倍ぐらいの数を持っています。医療機器のMRIやCTスキャナも同様です。つまり研究効率が半分ということです。病院規模が小さくて、どの病院も機材を持っている。日本人はものが好きなんですね。けれどもそれだけ収益が上がっているかと言ったら、7割の病院は赤字経営です。経営のプロが病院の経営をしていないからです。そういうことがどの分野にも言えます。建築にもあるかもしれません。

川原 確かに施設建築と経営というのはこれまで分断されていました。従来の建設業界のプレイヤーは、経営者のパートナーにはなり得ませんでした。経営者にとっても施設は経営とは無縁のもの、場合によっては経営を圧迫する「邪魔者」のように考えられていました。われわれは事業創造と施設運営を起点に、経営と施設を高度に融合させることで、施設に関する考え方を一変させる主体となったと言えるかもしれません。

西田さんの立場からはどのように見えているのでしょうか。まちづくりには継続性が求められますが、施設運営を安定させる工夫はどのようなものになりますか。

西田 街はつくることよりも育むことが重要だと思っていて、そのためにQCDSの中で最も気を配っているのが運営です。今まで行政は公共施設を、いかに新品の状態を維持するかという視点で管理していたと思います。でも建物というのは、自分の家をイメージするとわかりますが、使っているうちに愛着が湧いて使い方が変わってきます。僕たちは施設に参加する人のアイデアを地域資源として取り込んでいくことで、つまり「自分ごと」にすることで、建物のユーザビリティを高めるようにしています。公共的な施設であっても利用者の愛着や意志を取り込んで、変化しながら継続するというように施設運用の概念を広げると、いい意味での効率化ができるんじゃないかと思います。

川原 運営を続けるためには、変化を許容する継続のあり方を考えることが大切なのですね。建物も同じで、当社では建物はスケルトンとインフィルとインフラの3要素で構成されているというという見方をしています。スケルトンは長寿命に、インフィルはニーズの変更に柔軟に対応できるように、インフラは建物より寿命が短いので極力更新可能なように、建物をつくらなければならないという考え方です。

西田 建築はある意味固いものですが、常に変わっていくしなやかさも同時に必要なものだと思います。堅牢な建物としての構造と、その運用つまり生活や暮らしとつながるしくみや構造を、常に両輪で考えていかないと。

川原 まさに営みを育む建物や都市をつくるというのが、われわれの使命です。西田さんのようにユーザー一人ひとりの営みから発想するという視点を忘れてはいけないと改めて感じました。

生き残りの戦略はサステイナブル・グロウス

西田 継続することにはログが取れるという意義もあります。石巻では高校生と一緒に「イトナブ」という、遊びの延長でアプリ開発をする取り組みをしています。日本で高校生のシェアオフィスがあるのは石巻だけではないでしょうか。中学生が感化されて自分でもはじめてみたり、東京からグーグルエンジニアリングが応援に来たり、少しずつ広がりを見せていまして、中学生はここまでできる、小学生ならここまで、というログが溜まってきました。すると今度は小学生のためのこんな場所はどうだろうと、そこから別の施設のあり方を考えていくことができるんですね。政策的に施設を計画するのではなく、経験的な価値を重ねることが、新しい建築を生み出すことにつながります。公共施設もログを取って常に効果測定し続けることで、さらに継続させていくことができると感じています。

藤原 今の話で思い出したことがあります。私が以前にいたフィリップスは従業員50万人の巨大企業だったのですが、90年代に半導体やテレビなどの景気変動に左右されやすい事業を切り離して、ヘルスケア、ライティング、コンシューマーエレクトロニクスの3つの分野に絞ったんです。その時のキーワードが「サステイナブル・グロウス」でした。今後の社会の中で継続的に成長できる分野を選択したのです。

このフィリップスの展開に、ある日本の自動車メーカーの役員さんが興味を示しました。この先自社のエンジンが意味をなさなくなった時、あるいは電気会社が車をつくるようになった時、どうやって生き延びるか参考にしたいということでした。そういうシナリオも考えているのか、と感心しましたね。

西田 中越地震から10年経った2014年、山古志村の出生率が0%になったという報告がありました。人口一人に1億円ぐらいかけて復興したにもかかわらず、次の世代が生まれなかったことが非常に衝撃的でした。災害というマイナスを復旧という形で0に戻すことはできたのですが、そこから未来の担い手である1が生まれなかったんですね。それで石巻ではマイナスを0にする設計ではなく、次の1にどうつなげるかという発想で取り組んでいます。結果的にわれわれの石巻での活動は一般的な設計のイメージを飛び越えたものになりました。

これは「金曜映画館」です。映画館は人口が8万人いないと営業が成り立たないと言われていますが、石巻の中心部には今2,000人ぐらいしかいません。そこで施設をつくるのではなく、月に一度、空き地の壁面で野外映画を上映することにしました。子どもたちも今日はドラえもんの日だから行こうとか、街に来る理由が増えました。

少子高齢化する都市。企業の社会的責任とは

西田 現代は、産業化が図られた高度成長期に分断されていたものが回復される時代になっているように思います。建築を日本の生活の営みを伝えるメディアとして次世代につなげることも、僕たちの重要な役割です。その際に、先ほど川原社長がおっしゃった同時進行の発想が生きてくるのではないかと思いました。川原社長は建築生産のパラダイム転換として挙げていらっしゃいましたが、僕はその発想に、建設コストが小さくなるだけでなく、多くのプレーヤーの意思がスタートからゴールまで統一される可能性を感じました。生産者だけ、管理者だけの目線で考えるのではなく、企画から運営までを一体的に捉えることができる発想ではないかと思います。

川原 ますます少子高齢化する都市において、いかに企業の社会的責任に向かい合うソリューションを提示できるか、というのはわれわれにとっても今後の課題ですね。お客さまの意識もそちらの方向へと変わりつつあります。社会貢献しつつ自らの事業価値も一緒に高めるCSV(Creating Shared Value)という概念は、この先もっと大きな価値になると私は思っています。コダックさんは社会的課題への取り組みについて何かお考えをお持ちですか。

藤原 日用品や食品のプラスチックのパッケージに使われている印刷、あれはグラビア印刷という印刷方式で、実は環境には余りよくないものなんですね。食品を包装する場合は必ず間に別の素材を挟んで、直接触れないようにしなければいけない。すでに欧米の半分ぐらいの国では、フレキソ印刷という水性インキの印刷に切り替えています。ところが日本ではいまだパッケージの97〜98%がグラビア印刷です。日本の印刷業界は今までグラビア印刷でやってきたので、設備を償却するまで次の投資をしたくないのです。そういうバリアもあって、政府もなかなか腰を上げようとしません。コダックはそこに突き刺さったソリューションを持っています。日本の環境とわれわれの成長を視野に入れ、成長させていきたい分野ですね。

川原 藤原社長の話をうかがっていると、他の産業に目を向ければアイデアの宝庫があるんだなと実感しました。われわれのような会社が変わっていく過程で参考にすべきお話を今日はたくさんいただけました。

西田 今日は藤原社長にずっと「建築業界もちょっと考えたほうがいいよ」って言っていただいている気がします。(一同笑)

※この座談会は、2015年2月24日発刊の広報誌『UNSUNG HEROES』07に収録されたものです

取材・文=たかぎみ江⁄ 写真=吉田和生

・株式会社山下ピー・エム・コンサルタンツは、2018年4月1日に、株式会社山下PMCに社名変更しました。
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