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コンクリートのひび割れと資産価値

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ひび割れに対する認識のギャップ

お客様からコンクリートにひびが入ったと聞かされたら、皆さんは一体どのように考えるだろうか?また、設計者や施工者などいわゆる工学的な知見を持っているプロと、一般の方の受け止め方にどの程度のギャップがあるのか、考えたことはあるだろうか?

まず、いわゆるプロがひび割れと聞けば、0.3mmを超えているかどうかを一つのベンチマークとし、必要に応じ補修すればよいという、極めて工学的な視点に基づいた反応をする。それに対し、ビルオーナーやエンドユーザーがその原因や責任を詰問でもしようものなら、面倒臭く、逃げ腰な対応に終始し、大切なお客様の不評不満の遠因を招いているのが現状ではないだろうか。

では、一般の方の受け止め方はどうか?工学的な知見のない一般の方にはひび割れそのものの存在が問題となる。ひび割れは負のイメージ、つまり自らの大切な資産の価値が損なわれるという、一種感情的とも思われる判断に帰結する。

以下、このようなギャップを解消し、両者の良好な関係の構築に貢献するため、特にオーナー側の根拠に着目し、どのように対処すべきかを考える。

ひび割れが及ぼす資産価値への影響

・資産価値とは?

まず、資産価値とは何か。簡単に説明すれば、「その建物が積み重ねる毎年の期待収益の現在価値の総和」といえる。その収益を本テーマであるコンクリートのひび割れに関係する項目のみ、わかりやすく抜き出して整理すると、図1のように簡略化できる。

図1 「資産価値」計算式

・売上に対する影響

図1を見れば、自ずと費用が一定であれば、売上が大きいほど資産価値は大きくなることがわかる(図2 イ)。売上を大きくするために必要なことは、競争力を持つこと。例えば、テナントビルなどであれば、他の競合ビルよりもより高い賃料で入居してくれるかどうかが、その売上の大きさに直結する。つまり、購入や入居を考える人に対し、ひび割れが心理的にネガティブな印象を与えるかどうかが重要となり、その判断基準は言うなれば市場原理が握る(図3)。

図2 売上と資産価値の関係 / 図3 費用と資産価値の関係

もちろん、実際にコンクリートのひび割れがどれほど売上に悪影響を与えるかの判断は難しく、一概に判断できないが、ひび割れにより資産価値が棄損するという考えが正当性を持つことは理解しておく必要がある。

さらに、想定していた収益を大きく割り込むようなことが続けば、会計上は減損処理として資産価値の切下げが行われ、ビルオーナーにとっては大きな負のインパクトを持つことも理解しておく必要がある。

・費用に対する影響

図1から、売上が一定で費用が増えれば、資産価値は小さくなる(図3 ロ)。つまり、資産価値上から判断すれば、コンクリートのひび割れの種類や、発生した理由よりも、費用=補修工事を必要とするひび割れの存在そのものがやはり問題視され、当然資産価値を損なうものと判断される。

次に、もう一つの費用項目である減価償却費は、建物完成時の簿価に減損などの大きな変動がないことを想定すれば、分母の耐用年数が想定より短くなった場合に大きくなる。したがって、竣工当初の耐用年数を想定どおり保つことが重要となる。ここでいう、耐用年数(注1)は会計上のルールに則り定める年数であり、【物理的耐用年数】(注2)と【経済的耐用年数】(注3)から判断されているが、具体的には内部の鉄筋の腐食を招くようなひび割れは適切に補修し当初の耐用年数を保つこと、またひび割れ自体を少なくすることで改修費用を縮減し、経済的便益を維持することが重要となる(図3)。

以上のことから、いずれにせよコンクリートのひび割れが資産価値に悪い影響を与えることは明らかで、プロとしてひび割れを極力生じなくする工夫をすることが、いかにオーナーに求められる重要なことか、改めて理解できる。

資産価値を守る

これまでの話では、私たちプロには極めて分が悪い。一方、材料特性上、ひび割れが発生しないということもまずあり得ない。では、どうするか。発注者のイコールパートナーであるプロジェクトマネジャーとしての取組みを、プロジェクトのフェーズに合わせて紹介する。

1 設計施工段階:【中長期修繕計画原案の作成と活用】

建物の投資を考える場合、通常、修繕費用は慣習的に想定工事費の比率で見込んでいることが多いが、建物の基本的な骨格、構成が決まった極力初期段階に、その建物の特徴や実態に合わせた活きた中長期修繕計画の原案を作成し、投資シミュレーションに反映、その精度を向上させておく。

このように、当初から修繕費用を適切に見込み、その範囲内で補修工事をする分には、実は期待収益=資産価値は保たれる。肝要なのは、中長期修繕計画の概略を把握できる原案そのものをつくることに目的があるのではなく、資産価値を高めるツールとして活用するお客様視点そのものとなる。

2 引き渡し段階:【伝える】

建物引き渡し時には、コンクリートのひび割れなど、材料特性上起こり得る事象をそのメカニズム、対処法までわかりやすくまとめ、オーナーや建物管理者に説明しておく。このような事前のていねいな対応により、ほとんどの不安は安心感に変わり、長期にわたる良好な関係が強化される。通り一遍の引き渡し書類を日常的に意味のある資料に転換する。

3 建物運営段階:【コンディションベースに基づく修繕と投資】

前述の中長期修繕計画原案を更新した計画書を活用するが、あらかじめ予防保全すべきもの、事後保全とするものを、BCP的な観点、費用対効果など多角的に検証し決定しておく。そして実際の修繕は、必ず実物のコンディションを確認したうえで実践する。さらに、資産価値を守るために攻める、いわゆる減価償却費相当額を投資することで、資産価値の維持と向上双方をアクティブにコントロールする(図4)。

図4 資産価値のコントロール - 投資と費用

以上、フェーズごとの取組みを紹介したが、そもそも建物を計画し、竣工するまでを主な業務とするプロと、引渡し以降の運営こそを目的としている一般の方々との時間軸や目線の違いを理解し、真の意味で【伝える】責務を果たすことにこそ、大文字の【課題・解決】がある。

提言:フィールドを広げ、勝ち抜こう!!

多くのお客様は、建物にさまざまな想いを込め、私たちプロ同様、物理的な存在以上の感情を抱くが、一方で、決して投資対象としての眼差しを忘れることはない。これは、不動産を本業としてないお客様でも同様で、株主がその会社に投資している以上は、常に合理的で説明可能な投資であることが求められる。

このように、建築は世の中の経済、ひいてはお客様固有の本業を取り巻く外的環境からは切り離せない存在である。これら他分野他業界に興味を持ち、新たなフィールド、新たな視点で自らの業務を見つめることで、自らの技術力はさらなる高みに引き上げられる。

さらに、獲得した幅広な知識と技術力を持ち、新しい視点=お客様視点で【伝え】、ていねいに業務を推進することが、今何よりも多くのお客様から求められており、そこに私たちプロが勝ち抜くヒントが隠されている。

【注】
注1 個別的耐用年数の考え方を採用する場合
注2 物理的耐用年数:それ自体が物理的に存在できる年数
注3 経済的耐用年数:維持補修に係る費用と賃料などの収入のバランス、つまり経済的な便益を得られる限界の年数

本記事は、建築技術 2013年11月号(No.766) pp.108-110に掲載されました。掲載元の許可を得て、掲載しています。
掲載紙面については下記PDFからご覧ください。

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