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時代を切り開く新ビジネス戦略の重要な視点・その2 時代を切り開く新ビジネス戦略の重要な視点・その2

シェイピング戦略のココロ

「モノより思い出」

イメージ画像 子供の笑顔と沖縄の海、スイカ割、バーベキューの映像の後に「モノより思い出」というコピーが流れてくるのを聞いたとき、ドキッとした方はいないだろうか。10年ほど前の日産のミニバン「セレナ」のCM である。株式会社博報堂(当時)のコピーライター小西利行氏によるこの名コピーは、入れ替わりの激しいCM 界において約5年の間使われ続けた。現在の同車CM も、「できっこないを やらなくちゃ」というコピーのもと、「諦めないでどんなときも~」というメロディと子供が岩登りに挑戦するシーンが流れ、「モノより思い出」の趣旨が貫かれている。しかし、よくよく考えるとこのCM は、「車=モノ」を売るためのCM であるにもかかわらず「モノ」を否定している。これこそが、シェイピング戦略のココロと筆者は考える。

シェイピング企業の行動と資産は、シェイピング企業が、ヒト、モノ、カネを確実に拠出し、参加企業に開放することにあるが、個人消費に限って考えたときカネは、モノ単体の価値にあらずそれぞれのシーン(思い出)に対し拠出される。つまり、ヒト(=ターゲット)のライフスタイルをコアとし、そこに衛星状に配置されるシーンにモノとカネは付随するのであり、消費活動が鈍化している時代においては、一層その傾向は強まると考える。

「思い出よりモノ」から
「モノより思い出」へ

とは言え、国民の生活が貧しいときには、当然「思い出よりモノ」である。第二次世界大戦後の焼野原から驚異的なスピードで復興を果たした日本経済は、まさに「思い出よりモノ」の上に成り立っている。企業戦士と呼ばれた父親は子育てを全て妻に託して朝早くから深夜まで働き、3種の神器(白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫)、新3種の神器(カラーテレビ、クーラー、自家用車)を持つことに国民は皆幸せを感じた。「もはや戦後ではない」と記載された経済白書は1956年のものであるが、「思い出よりモノ」という観点から見れば、日本の戦後は1990年代前半のバブル崩壊まで続いたと言える。

バブル崩壊後、時間に余裕のできた企業戦士は、家庭に戻り子育てに参加するようになった。第一に、一通りのモノを持ち豊かな生活を手にしていたこと、第二に、右肩上がりを続けた地価が暴落し、絶対大丈夫と思われた大手企業も倒産することを目の当たりにしたことにより、国民にとって一番大事なものがモノでもカネでもなくなったのである。つまり、バブル経済の崩壊は国民の意識を「思い出よりモノ」から「モノより思い出」に転換させるきっかけとなり、同時にライフスタイルの多様化をもたらした。その結果、日本の個人消費におけるカネは単なるモノの価値ではなく、各々のライフスタイルのシーンから産み出される価値となったのである。

「思い出」から産み出されるモノとカネ

シェイピング企業のモデルとして、前段に取り上げられているミキハウス子育て総研株式会社の戦略は、まさにシーンから産み出されるモノとカネにある。0歳~4歳児を持つママの視点をコアに、衣、食、住、医療、教育、娯楽、環境と、一見全く異なる業界を「子育てファミリーのライフスタイル」という串で横刺しにし、認定事業とメディア事業を一体化することで独自の価値観を提供している。それぞれの業界がそれぞれのマーケティング分析を行っただけでは得られない価値観である。従来からあるコラボレートという観点から更に一歩踏み込んだその付加価値は、ターゲットの持つライフスタイルや価値観、生活の中にある小さなシーンにも愚直に向き合うことから創出されている。

シェイピング戦略のココロとは、ターゲットのシーンをデザインすることにほかならない。

観光施策とシェイピング戦略

ホテルコンサルティング部として、このシェイピング戦略をいかに観光施策に活かすかを考えたい。

訪日外国人旅行者

1990年、2003年、2007年の各国の外国人旅行者受入数の推移 2007年閣議決定された「観光立国推進基本計画」には、5つの基本目標が掲げられている。その目玉は、
1. 訪日外国人旅行者数(2006 年733 万人)を2010 年までに1,000 万人に、2020 年までに2,000 万人にすること。
2. 日本人国内観光旅行の泊数(2006 年一人2.72 泊/年)を2010 年までに一人4泊/年にすることの2つであろう。
インバウンドの増加は、いわゆるVJC の効果もあり日々実感できる。しかし、株式会社ツーリズム・マーケティング研究所(以下JTM)の代表取締役・高松正人氏は、「アジアの中で日本の一人負けであり、今のままでは目標達成は困難」と語る。
次頁のグラフは、1990 年、2003 年、2007年の各国の外国人旅行者受入数の推移を表している。日本が324万人から834万人に増えたと喜んでいるうちに、中国は175万人から5,472万人と実に3,127%の伸び率である。マカオが516%、マレーシア、香港、タイなど元々観光収入の多い国でさえ、日本を超える伸び率で増加している。更に言えば、日本政府観光局(JNTO)の発表によれば、2009 年訪日外国人旅行者数は約679万人まで減少している。いかにすれば他国以上の伸び率で外国人観光客を増やすことができるのか。
鍵を握るのは、月並みではあるが、今年にも日本を抜いてGDP 世界第二位となることが見込まれる中国にあると考える。

中国人観光客の動向

現在、多くの中国人観光客の観光フルコースは、東京(銀座、浅草、秋葉原)、富士山、京都であり、それ以外の地域ではまだ稀である。JTMの高松氏は「初めて訪れる旅行地であれば、その代表的な都市を周るのがごく自然。初めてフランスを旅行した日本人が、パリには行ってもモンサンミッシェルには行かないのと同じこと。」と、ごく当然の現象であるとする。しかし、2回目の日本ならどうであろう?香港、台湾からの旅行者は既にリピート率が7割を超えており、今後中国本土からの旅行者が再び日本を訪れてくれる可能性は充分にある。今は「思い出よりモノ」とばかりに、“ 日式” の家電製品や衣料品を抱えきれないほど購入する中国人団体旅行者が、次に来るときには個人旅行者として彼らのライフスタイルをコアとしたシーンを求めにくるのではないだろうか?その兆候は、実は既に現れている。人は豊かな生活を手に入れた後、他の全てを手放しても欲するモノは、子供の教育と安全・安心の2つに集約されると筆者は考えている。“ 日式” の商品を求める真意は、安全・安心にある。また、一部富裕層の間では、日本でのPET 診断を含む人間ドッグ付メディカルツアーが、一人数十万円という高額であるのにもかかわらず大ヒットしていることも報道された。行き先は、東京でも京都でもなく、地方都市である。これぞ、中国人富裕層(=ターゲット)のライフスタイルをコアとしたシェイピング戦略商品のひとつと言えるのではなかろうか。

日本人の海外旅行がグループ(団体)からFIT(個人)へと移行した速度よりもはるかに速く、中国人観光客のFIT 化は進んでいくと予想される。彼らが今欲するモノが何なのかを考えるとき、彼らの持つライフスタイルや価値観、生活の中にある小さなシーンにも愚直に向き合うこと、彼らのシーンをデザインすることにこそ着目すべきであろう。メディカルツアーはほんの一端でしかない。

ホテルにおけるシェイピング戦略

今後、「中国人観光客」といったような大きな括りだけではターゲットとはなり得ず、更なる細分化が必要となるであろう。勿論、中国人に限らず、日本人も同様である。答えは、ターゲットの数だけ、いや、ライフスタイルの数だけあるはずである。返して言えば、ライフスタイルが同じなのであれば、日本人であろうが外国人であろうがターゲットとなり得るのである。

ファミリー層をターゲットとするシェイピング戦略の事例について考察する。前出のミキハウス子育て総研株式会社代表取締役社長 藤田洋氏の著書「子連れファミリーにうれしいお宿」によれば、1歳の誕生日までに初めての旅行を体験させている率は、半数以上であるという。また、国土交通省平成21年版観光白書及び(財)日本交通公社「旅行者動向2008」によれば、国内観光旅行のマーケットセグメント別シェアのトップは、46.2% を占める家族旅行であるが、その旅行回数は年間1.56回と5年前に比べ減少傾向にある。しかし、家族層の実に86.8%が子供との旅行回数を増やしたい、と回答しており、家族旅行の回数を年間に1回増やす条件として、39.8%が「子連れにやさしい、歓迎してくれる旅行ができること」をあげている(下グラフ参照)。


家族旅行の回数を年間に1回増やす条件[(N=1,030)複数回答]

ウェルカムベビーのお宿/AUTHORIZED BY © ミキハウス子育て総研この現象をシェイピングビューとして、ミキハウス子育て総研株式会社では「ウェルカムベビーのお宿認定事業」という事業を行っている。
全国22,000人のママ・パパの声を集めて、子連れ旅行の際にホテル・旅館に望む100の認定項目を作成し、これに合致するホテル・旅館には「ウェルカムベビーのお宿」認定マーク(左図)の掲示を許可している。
 同社では、「子育てにやさしい住まい」の認定事業も従前から行っており、マンションディベロッパーは住宅性能表示と同様にその認定証を顧客に向けて掲示している。ホテルとマンション、全く違う業種ではあるが「子育てにやさしい」という価値観で結ばれ、全国のミキハウスショップ、小児科クリニックなどで配布されるフリーペーパー「Happy-Note」、子育て応援サイト「ゴーゴー育児ドットコム(http://www.55192.com)」において、双方とも認定物件・施設として紹介、広報される。つまり、「Happy-Note」と「ゴーゴー育児ドットコム」こそシェイピング・プラットフォームなのである。

子連れファミリー層だけでなく、細分化されたターゲットそれぞれにシェイピングビューは存在する。その見極めに必要なことは、繰り返しになるが、ターゲットのシーンをデザインすることにあり、このことは対象が国内旅行者でも外国人旅行者でも同様である。シェイピング・プラットフォームの整備を含めた戦略を個々に立てることが、結果として観光立国推進基本計画の5つの目標数値に近づけることになると筆者は確信している。