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ロジカルなホテルデザインと企画〈後篇〉 ロジカルなホテルデザインと企画〈後篇〉

具体的な「理想解」に向けて―前編のまとめ―

たとえ世界中の人が美しいと感じても、商品の購入者=顧客がそう感じないのであれば、商品の価値は認められません。では美しさとは、主観でしか測れないものでしょうか。デザインとは、いったい何なのでしょうか。設計をする、図案を描くといった動詞もデザイン。その行為から生みだされるモノ、コト、空間などの創出物を示す名詞もまた、デザイン。いずれにしても、私たちにとってのデザインとは、そのプロセスにおいて理想近似解を可能な限り、効率的に選択していくこと。結果として、クライアントの示す理想解に可能な限り近似する、プロダクトの創出です。そして、クライアントを代行して建設プロジェクトのマネジメントを行う私たちにとって、この理想解=「シナリオ」のライティングは、最も重要な業務なのです。ロジカルな美しさをもったプロダクトの創出に向かうための理想解=「シナリオ」は、勘や経験のみに頼るものではなく、できる限り定量的な根拠と、できる限り詳細な定性的概念をもって意思決定がなされ、作成されるものです。「ロジカルなホテルデザインと企画―後編―」では、ホテル企画の手法を通して、ロジカルなシナリオライティングを可能にするデザインプロセスと、私たちの考える「デザイン」に迫ります。


ロジカルなホテル企画

ホテル企画の策定の方法については、さまざまな考え方や手法がありますが、ここでは、通常私たちが採用する手法の一部をご紹介します。

― 市場調査

マクロ経済動向、観光動向、地域ファンダメンタル、市場内の競合の動向(稼働率、平均客室販売単価、平均客室面積、宴会場・料飲施設の有無・稼働など)を詳細に調査し、その結果を定量的にまとめます。

― 市場分析

市場調査によって得られた情報を下記のようなさまざまなマーケティング手法を用いて分析します。
・PF分析とクライアントのポジショニング
・SWOT分析とCross SWOT分析
・PPM分析
これらの手法を用いることにより、景気動向、市場の成長率や相対的なマーケットシェア、クライアントの特性など総合的に事業展開を分析し、戦略立案の基礎とします。[図1,2]

図1 市場分析をまとめたシート。図2 市場分析シートよりPF分析とクライアントのポジショニング分析を抜粋。

―顧客ターゲットの設定

顧客ターゲットの設定は、市場調査・分析を基に、できるだけ具体的かつ詳細に行います。この仮想プロダクトユーザーであるペルソナを構築する手法を“エクスペリエンスデザイン”と言います。ペルソナの構築には主に、以下2つの手法を用います。

1.デモグラフィック分析
デモグラフィックとは、人口統計的特性のことで、住所や年齢、性別など大まかな属性を分析します。例えば「首都圏に住む独身の女性」、「団塊世代の夫婦」などがこれに当たります。以前は、ターゲットの設定と言えば、これを示していました。しかし現代の消費者の価値観は多様化かつ個別化してきています。

2.サイコグラフィック分析
そこで、サイコグラフィック(心理的特性)に踏み込んで、マーケットが求めるターゲットの価値観やライフスタイル、嗜好といった心理面での特性を分析します。職業、役職、家族構成などから始まり、年収、休日の過ごし方、趣味、所有している車、愛用している時計、スマートフォンの機種、イデオロギーや支持政党に至るまで、マトリクス評価とイメージコラージュなどを併せて設定します。設定されたペルソナは定性的な概念ですが、あくまでも定量的な根拠に基づくことが必要です。[図3]

図3 顧客ターゲットを深度化するサイコグラフィック分析において作成したシート。清潔感のある居心地のよいくつろぎ空間、重厚さを排除したナチュラルなインテリアを好む「平日に関東圏から出張にくるアッパーミドルのビジネスマン」を想定し、分析している。文字だけではわかりにくいイメージを、コラージュを活用し、視覚を通じて訴えかけている。

―事業戦略の立案

プロジェクトの最初には必ず、事業コンセプトを策定します。事業コンセプトとは、誰が、誰に対しどのような趣旨と方法で事業を行うのか、を定めたものです。そして、この事業コンセプトはプロジェクトのどの時期においても常に掲げられるべきものとなります。
事業戦略は、事業コンセプトを柱に、経営・運営方針を立て、総投資額の決定、事業収支の作成とハードルレートクリアの確認、投資時期の決定をもって立案されます。 経営・運営方針策定の際には、市場分析に用いたSWOT分析やPPM分析の結果を基礎とした戦略を検討します。持続可能な差別化を実現しブランド・レレバンスの戦いに勝利することのできる商品企画とは何か? カテゴリー・イノベーションの観点から、市場で価格競争に巻き込まれずに勝ち組となれる方策はないか? ブルーオーシャンはどこにあるのか? そのために必要なホテルブランドのグレード感と、誘致すべき運営会社のショートリストをいかに設定するか? 顧客や従業員の体験から、既存の枠組みを変革する戦略のヒントはないか? など、あらゆる観点から勝ち組への道のりを探ることが重要です。

―建物性能の設定

建物性能の策定は、コンセプト、事業戦略を建築的な用語に翻訳したものと言えます。
建物性能を設定するためには、プロダクトユーザーのシーン想定が鍵となります。 季節や月日を含む時間軸の変化に沿ったシュチエーションを検討する時系列のシナリオと、色(視覚)、音(聴覚)、香(嗅覚)、触(触覚)、味(味覚)の五感に訴えかける演出のシナリオを作成し、プロダクトユーザーがどのように行動し、どのように利用し、どのように感じる建物を提供すべきなのかを具体的にイメージできるように表現します。
表現の手法は、このあとプロジェクトに参画するデザイナーや施工者など全ての関係者に確実に伝達するために、キーワードやイメージコラージュなどが用いられることが主流ですが、私たちはその中間的な手法も利用します。その手法とは、文章で景観を記述する方法です。
例えば「ふるいけや かわずとびこむ みずのおと」という俳句は日本人なら誰でも知っており、そこから抱くイメージ、景観は多くの人に共通するものがあります。このような景観的記述を活用することにより、デザイナーに確実に趣旨を伝え、その趣旨に沿ったデザインを提供してもらうことができます。[図4]

また、デザインコンセプトからブレイクダウンし、実際にどのような機能、性能を有する建物とするのか。これは建築技術者としての翻訳力にかかっています。

図4 デザインコンセプトをまとめたシート。「水」や「流れ」といったキーワードを導きだし、そのコンセプトを確実に伝えるため、散文と写真を利用している。

企画を具現化するための手段としてのデザイン

クライアントによって示されたシナリオに基づき、これによって導かれる美しい建築デザインプロダクトを創出するためのデザインプロセスについては、私が話をするのもおこがましく、著名な建築家や設計事務所の著書を参照していただきたいと思います。
最後にひとつだけ。「企画はデザインのために行うものではなく、デザインは企画を具現化するための重要な手段の一つである。」これが私たちの考える「デザイン」です。