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CRE戦略マガジン

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経営資源としての施設〈前編〉

「施設」はヒト・モノ・カネ・情報に続く第5の経営資源

「ビジネスと社会の変化によって、施設を経営資源と認識せざるを得ない状況が生まれたのです」

ヒト・モノ・カネ・情報に続く5番目の経営資源として「施設」が注目されつつある。その背景の一つに、証券化の普及、ファンドの流入、ROA重視の「持たない経営」への移行など、一連の経済のグローバル化が挙げられる。企業がCRE戦略(企業不動産戦略)を意識せざるを得ない状況はどのようにして生まれたのか。土地・建物を含む「施設」は、どのように経営課題を解決することができるのだろうか。

施設への支出を、経営戦略を実現するための有効な投資に

−昨年11月に出版された川原社長の著書『施設参謀』のサブタイトルには、「建設リスクを経営資源に変えるコンサルティング」とありました。今日はこの「経営資源としての施設」について伺います。

書籍「施設参謀」川原秀仁著『施設参謀』。
経営者のために書かれた、初めての「施設」の本。

ここ数年、企業経営者の間に、保有する「施設」をヒト・モノ・カネ・情報に続く第5の経営資源として捉えようとする姿勢が広がっています。施設への支出は、経営戦略を実現するために有効な投資であるべきだと考える企業が増えてきたのです。もともと施設は、製品や設備とともに「モノ」に含まれるものでしたが、資源として新たな一つのジャンルになるくらいにまで、注目が高まってきたと感じています。山下PMCもそうした企業の皆様のニーズに適切なソリューションを与えるべく、コンストラクションマネジメントサービスを充実させてきました。このたび『施設参謀』を著した背景には、そのような経営者の施設に対する視点の変化があったのです。

−従来は、そもそも施設を経営に資するものとして捉える視点が存在しなかったのでしょうか。

確かに、オフィスやホテルのように建物自体が賃料などの形で直接的に収益を生む「収益用途物件」に関しては、施設は昔から大切な経営資源ではありました。けれどもその他の産業においては、自社ビルや生産施設、研究開発施設といった保有不動産が経営の中心的課題になることはまずありませんでした。その理由はというと、日本では戦後を通じて、「土地価格は絶対に下落しない」という土地神話が続いていたこと。また、企業の与信に基づくコーポレート・ファイナンスがほぼ唯一の金融手法として定着していたことです。

そのような時代において、企業にとって建物を持つ意味というのは、第一に融資に対する担保、すなわち資産であり、次いでステイタスでした。建物は資産としてバランスシートには載るものの、減価償却費を除けば損益計算書に計上されるものではなく、経営においては部分的にしか評価されていなかったのです。バブル崩壊で土地神話はくつがえされたものの、この土地神話に基づくビジネス体系は、その後もしばらく企業にも銀行にも強く根付いていたと思います。

もう一つの理由として、建物というのは専門性が高いこともあり、経営ツールというイメージを持たれにくいというのもあったと思います。建物のことはよくわからないし、建築家や設計事務所やゼネコンに任せておけば大丈夫だろう、というのが従来の経営者の一般的な感覚だったのではないでしょうか。

建物のことは専門家に任せておけば万事よし、という時代ではなくなった建物のことは専門家に任せておけば万事よし、という時代ではなくなった

−それが今、土地・建物などの「施設」が経営資源の一つだと認識されるようになった背景には何がありますか。

それを打ち破ったのは、ファンドの流入と、企業の信用力ではなく事業そのものの将来価値に基いて融資を行う、プロジェクト・ファイナンス手法の流入です。金融ビッグバンを境に証券化の手法が普及し、不動産もその対象になりました。それにともなって、投資家や株主へのアカウンタビリティが厳しく問われるようになりました。一般的な企業のバランスシートでは、建物は資産の30〜40%を占めると言われていますが、これほど大きな資産を経営資源としてコントロールできていないことが問題視されるようになりました。施設は、事業や会社の業態を向上させるべく、有効に活用されるべきものであるという使命を帯びてしまったわけです。発注もなあなあでは済まされなくなって、馴染みの業者と特命で契約して丸ごと任せておけばよい、という時代ではなくなってきました。

そして企業の経営状況を計る指標として、ROA(総資産利益率)やROE(自己資本利益率)がグローバルに重視されるようになり、「所有不動産が多いほうが担保が増えてよい」とする考え方から、「スリムな経営体制を維持しつつ事業自体の利益を上げるほうが有利である」という考え方に変わってきました。これは大きな転換だったと思います。

デューディリジェンスによって見える化された、建物の「価値」

-「担保価値としての施設」から「事業に利する施設」へ、意味が変わってきたと。

21世紀に入って不動産証券化が本格化するまで、建物の売買はもっぱら不動産業の仕事でした。それが証券化以降は、建物あるいは企業や事業体そのものの売買が活発に行われるようになり、その価値を定量化するデューディリジェンスと呼ばれる診断が登場しました。その建物が事業としてどれほど価値を持っているか、ということが見える化されたわけです。この動きは事業5用途、すなわち建物自体が直接的に賃料の形で収益を生むオフィス、ホテル、商業施設、マンション、倉庫といった領域で一気に進みました。

建物がデューディリジェンス的に判断されるようになると、都市部では旧耐震基準の建物や、インフラの更新の余地がないような建物などは、がくっと価値が下がりました。バブル期に建築家がデザインしたビルなども、他の用途に利用しづらいというので取り壊されることになったものが少なからずありました。建物が他の商品と同じように売買されるようになったために、建物のデザインも、オーナーの個人的趣味よりは、社会的な役割が前面に出るようになってきました。突出したデザインの建物はできにくくなりましたが、その分統一感のある、日本固有の都市景観が育まれるようになったとも言えます。

償還までの建物のライフサイクルコストはどのぐらい?

-お金にシビアになって、施設も例外ではなくなってきたのですね。

所有建物へのコスト意識もシビアになりました。以前は建物のライフサイクルコスト(LCC)を気にする経営者は多くなかったのです。でも今や分譲マンションだって、修繕更新費がどれほど大切かがオーナーにも認知されてきましたよね。一度建てた後は劣化するに任せ、いざ修繕の時を迎えて巨大な投資を強いられる、売ろうにも建物には価値がなくなっている、などという事態はもはや許されなくなりました。

施設は保有し続ける限りずっと、保有費、修繕更新費、運用費、保全費といったランニングコストがかかり続けます。確かに、これらの費用を個別にマネジメントすることは従来から行われてきましたが、統合する手法がありませんでした。たとえば建築分野では、ライフサイクルコストといえば修繕更新費のことしか視野になかったのです。けれども近年では、経営者がこれら建物にかかる費用を総体として捉える視点を持つようになっています。

事業用建物のライフサイクルコストの概念図。建物は保有し続ける限りランニングコストが発生する事業用建物のライフサイクルコストの概念図。建物は保有し続ける限りランニングコストが発生する

事業運営においては、償還という期間を区切りとして収支計画を考える必要があります。償還までの間、建物は物理的な老朽化はもちろん、社会的な陳腐化も進んでいきます。たとえば都市部のオフィスや商業施設であれば、テナントや利用者にとって魅力的であり続けるために、常にアップデートしていかなくてはなりません。このようにして、「建物をある期間維持することを前提に事業収支を考える」ことが一般化していきました。そのような背景があって、建物のライフサイクルコストが意識されるようになってきたのです。

企業は合理的な固定資産の持ち方をすることによって事業を有利に展開し、ROAを向上させるという方向に、大きな風向きが変わってきました。ビジネスと社会の変化によって、施設を経営資源と認識せざるを得ない状況が生まれたのです。そしてこの動きはさらに、施設体系をも変化させようとしています。

-施設体系にどのような変化が生まれているのか、後編で具体的に伺います。