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ヘルスケアビジネスへ拡張する医療・介護事業の可能性

日本の医療・介護の分野では、医療費をはじめとする社会保障費の増大が大きな課題となっています。社会的な医療費負担を抑えるには、根本的には病気を予防するための健康増進が必要になってきますが、それを促進するような施策は未だ十分ではありません。健康増進は日常生活と密接な結び付きがあり、生活習慣、なかでも適切な食事と運動が重要ですが、病気治療ほど熱心にはなれません。そこで、医療・介護の分野がいかに「ヘルスケア」という領域にまで拡張できるか、その可能性を探ります。

医療・介護制度の限界

医療・介護事業には公的資金が投入されますが、同時に許認可事業であり、緊急性が高くないと考えられている予防のためのヘルスケアビジネスを対象にはしていません。それらの多くは営利事業であって、公的資金を投じる施策は取れないのが現状です。医療・介護とヘルスケアは、近くて遠い存在です。

たとえば近年は医療費抑制策のひとつとして、特定健診(メタボ健診)や、健康保険組合を通じた保健指導・健康維持活動が進められていますが、「適度に運動してください」と指導される程度で、医学的知見を踏まえた運動方法や、栄養管理に至る、具体的な取り組みにはつながっていません。健康志向の高まりから、高齢者のスポーツジム利用が伸びていますが、運動機能が低下してきた高齢者が行う健康維持活動において、医療・介護の知見が十分に活かされないため、過度な運動で体調を損なう問題なども指摘されています(*1)。

しかしこれからの社会で、医療と運動の連携・融合は必須の取り組みであり、既に一部ではその動きがあることも事実です。

*1:平成28年2月、「日本医師会、健康スポーツ医学委員会答申」

医療から健康への連続的な取り組み

山下PMCでは、新潟県南魚沼市において、CCRC(都市圏からアクティブシニアの移住を進める)事業の支援をしていますが、この地域では「うおぬま・米(まい)ねっと」という地域診察券(地域の医療機関での診療情報の共有システム)の普及を進めています[図1]。

[図1]「うおぬま・米(まい)ねっと」の仕組み

「うおぬま・米(まい)ねっと」の仕組み

たとえば、救急医療の現場では、救急車や病院が搬送される患者の診療情報を
把握できることで、迅速に適切な治療を開始することが期待できる。

[出典]うおぬま・米ねっと Webサイト
(http://www.uonuma-mynet.org/)をもとに作成

この診察券により、各病院で受けた検査情報を、地域の医療機関で共有することで、患者がもつ他の疾病を考慮した投薬・治療を受けたり、救急搬送時にも過去の診断結果が参照できるなど、患者にとってはメリットの大きい仕組みで、同様の仕組みは全国各地で導入されつつあります。たとえば、この診察券に、スポーツジムでの運動量や、日々の運動量のデータが統合されて、健康づくりと健康状態のデータが統合されるだけでも様々なメリットが生まれるはずです。しかし現状を考えると、カルテ(診療情報)が病院毎につくられる原則や、個人情報管理の観点など、既存の法制度や運用面の課題が見えてきます(*2)。

また、既に病院でのリハビリと、一般的なスポーツジムとの中間的な存在として、「医療法第42条施設」「健康増進施設」と呼ばれる、医学的な知見に基づいた運動療法を行う施設が設置されています[図2]。この施設は、既に全国に200施設以上あり、利用料が所得税控除の対象となるインセンティブも設けられていますが、一般的にその存在やメリットが広く知られているとは言い難く、十分に活用されていません。

*2:平成26年6月閣議決定、「日本再興戦略」改訂2014でも、「健康産業の活性化と質の高いヘルスケアサービスの提供」を掲げるなかで、「民間サービス事業者が行う運動機能の維持など生活習慣病の予防のための運動指導、血液の簡易検査とその結果に基づく健康関連情報の提供」に、「法的グレーゾーンがあり、それらの解消を進めている」ことにも現れている通り、民間の健康産業が、医療分野の知見やデータを活用しにくいのが現状。

[図2]多様な運動施設提供のイメージ

多様な運動施設提供のイメージ

運動を安全かつ効果的に継続していくためには、利用者の健康状態と運動施設側の危機管理レベルを
マッチングすることが重要だが、現状では利用者任せになっている。

[出典]平成28年2月、日本医師会「健康スポーツ医学委員会答申」をもとに作成

その他にも、国は、個人の自発的な健康維持活動に向けて、「ヘルスケアポイント」を試行しています。健康診断や運動の取り組みが、健康食品に交換できるなどの金銭的インセンティブを設けた制度ですが、十分な動機付けにつながっていません。むしろ、モノに溢れた日本においては、専門家によるサポートサービスの方が価値を感じるでしょう。たとえば、病院のリハビリ室で、自分の体に合わせてカスタマイズされた運動メニューを、医師やリハビリ士に指導してもらった上で、そのメニューが、連携する民間のスポーツジムのプログラムにもつながるような仕組みや、それが継続的に計測できるようなITを活用した仕組みがあれば、一定の自己負担でも利用するニーズが見込まれると考えます。前述の健康増進施設は、これを目指した取り組みですが、身近な医療施設で気軽に利用できるような制度・仕組みに改善していく必要があると感じます。

健康・スポーツ分野を国の活力に

高齢化が進行し人口減少社会となっていく日本でも、健康寿命を延ばすことで人的資源を補い、社会に活力をもたらすと考えられます。現在の医療介護分野における国の施策は、保険制度を通じた病気の治療が中心であり、その予防を講じる施策はまだ不十分です。予防につながるのは健康やスポーツに関する産業分野ですが、そこでの施策は限られており、まだまだ個人の趣味としての活動と捉えられる傾向が強いのが現状です[図3]。

[図3]健康スポーツ産業と医療・介護産業の市場規模と利用している年齢層とのイメージ(著者作成)

健康スポーツ産業と医療・介護産業の市場規模と利用している年齢層とのイメージ

近年、医療・介護の分野では、高齢化社会に伴う、医療費の益々の増大が見込まれ、その財源確保・健康保険制度の維持が課題とされている。国民医療費(平成26年度)は40兆円*1、介護保険給付費(平成28年度予算)は10兆円*2を超え、国債償還を除く国家予算の4割強が、社会保障の分野に充当されている。一方で、健康・スポーツ産業の市場は、ヘルスケア産業の市場規模は明確な規定がないため数字に幅があるものの、4兆円(平成25年)*3という数値が示されている。また、スポーツ産業の市場規模は、5.5兆円(平成24年)*4、教育・公共体育分野の市場規模は1.9兆円(平成22年)*5となっている。

*1 平成28年9月、厚生労働省「国民医療費の範囲と推計方法の概要」
*2 平成28年2月、厚生労働省「公的介護保険制度の現状と今後の役割」
*3 平成25年6月閣議決定、「日本再興戦略」健康増進・予防、生活支援関連産業の市場規模の範囲。2020年までに10兆円規模に拡大することを目標としている。
*4 平成28年6月、スポーツ庁・経済産業省「スポーツ未来開拓会議 中間報告」、小売・スポーツ施設業・興業・放送など(教育・公営競技除く)
*5 平成25年度、日本能率協会総合研究所「スポーツ産業の在り方・活性化に関する調査研究事業」

また医療介護分野の民間事業は、現行保険制度との結び付きがあまりに強いため、事業者はその枠組みを超えた健康促進やスポーツ振興といった領域にまで意識が向きません。しかしそこには潜在的に大きなマーケット、つまり「医療の専門家」が「予防と健康の分野」に積極的に参画するマーケットがあるはずです。それは現在の個人消費、ニーズの傾向からも推察されますし、国益にもかなったことです。しかし仕組みや意識の高い障壁があるのも事実です。これを変えていくような働きかけが求められてくるでしょう。